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ストレッチ、ストレッチ

2017年10月30日

10月30日(月)

金曜日に家に帰って腰痛を訴えると、家人少しも騒がず、ストレッチしなさい、ストレッチ、という。風呂上がりのストレッチで慢性の肩こり、しつこい腰痛、杖無しには歩けないような膝関節痛もすべて嘘のように治る、と。ふむふむなるほど。すでにやっていた体操も要はストレッチなのだから、この言葉には説得力がある。場合によっては整骨院に行こうと考えていたのを思い直して、その日から実行した。確かに効く。しかし、朝起きると、またイテテ…の繰り返し。それでまたストレッチ。いつまでやるのか、と聞くと、よくなっても、予防の意味を込めて、ずっとやりつづけなければならない、とのこと。これはこれで大変なのである。


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関ヶ原

2017年10月29日

10月29日(日)

昨日、駅前商店街に所用で出かけた際、書店で、普段は買わない『歴史群像』をつい買ってしまったのは、表紙に書かれた「関ヶ原合戦の真実」の文字に引かれたからである。長篠合戦など史上有名な合戦の実像が、小説、テレビ、映画などでお馴染みのものとはかなり違ったものであったらしいということは誰しも考えることであろう。ただ、関ヶ原まで違っているとなれば、これはちと困るような気がする。ところが、以前このブログで触れた『戦国の陣形』にはそれらしいことが短く書かれていた。以来、気になっていた。そこに今回の記事である。白峰旬という歴史学者が書いたこの記事を読んで、私がおもしろく思ったのは、

1.関ヶ原合戦は、東西両軍が最初から天下分け目の大戦であることを意識してがっぷり四つに組んだ戦いなどではなかったらしいこと。白峰氏の言葉を借りると、それは「石田方が想定しないタイミングと場所で行われた(徳川方による)追撃戦・殲滅戦」であったらしいこと。

2.この合戦の準主役とも言うべき小早川秀秋は、散々逡巡した挙げ句に家康の「問鉄砲」に威されて裏切りを決意したわけではなく、合戦開始直後から「ちゃんと」裏切って、大谷吉継勢を攻撃にかかったらしいこと。そのため、大谷勢は徳川主力と小早川勢に挟み撃ちにされてまたたくまに壊滅したらしいこと。確かに、戦の最中に死んだ西軍の主立った武将は吉継しかいない。


らしい、らしいと書いたのは、白峰氏の説もまた仮説であることが、その書き方から窺われるからである。私にこの記事の内容を批判的に吟味する能力はない。ただ、どの分野にも、まだまだ分かっていないことは多く、だからこそ面白いと思うだけだ。

結果は変わらないのだから、そんな細かいことを穿鑿しても…と言うなかれ。私達がなかば常識としていることを打ち壊してゆくのが研究の醍醐味なのだから。


実はこの号を買った動機がもう一つある。「再現!軍隊グルメ 戦士の食卓」という連載コラムに、トルコ銘菓「ロクム」が取り上げられているのである。これ、一昨年のトルコ旅行のお土産にしたもので、分からない人には甘いゆべしにしか見えなかったようだが、分かっている人には、「一度食べたかった」とたいそう喜ばれたのであった。


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腰痛と体操

2017年10月27日

10月27日(金)

上海から帰った頃から、腰に痛みを感じるようになった。それが日毎に酷くなって、昨日の朝は、ほとんど立ち上がれないほどになった。ちょっとでも屈むと痛いので、5分ぐらいかけてズボンと靴下をはき、顔も洗わないで学校に出た。立ち上がりは辛いが、背筋をしゃんとして歩き出すと、段々楽になってくる。


部屋に入って最初にしたことは、ネット様にお伺いを立てることである。すると、出るわ出るわ、腰痛関係のサイトが山のように出てくる。その中からいくつか拾い見をして、体操を2種類覚えた。これをやってみると、確かに効かないことはない。だが、椅子に座って立ち上がろうとすると相変わらず痛みが走る。これの繰り返してある。


夜の9時すぎに曼荼羅荘に帰り、ゆっくりぬるめのお湯に入る。それから体操をすると、何と椅子からすっと立てるようになった。続きは床に入ってから。寝返りも実は腰痛体操になるらしい。寝返りなら得意である。一晩中、といっても熟睡している間は分からないが、ごろごろやった。


今日は昨日に比べれば大分楽である。


実は今日から2日間、東京で学会があり、発表はないが、出席の予定を立てていた。昨日の一番辛いときに、こういう状態で1泊2日じゃ身が保たないと諦めてしまったが、今日のような調子ならば、だましだまし行けたのである。まあ、二三日身体を休ませることにしよう。

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会議、会議

2017年10月26日

10月18日(水)

9時から市内のある私設博物館で会議が開かれた。日本人の出席者は4人、あとは中国各地から集まった研究者たちである。その中には、チョウさんの先生のC先生もいた。C先生は北京大学名誉教授で本当の意味での老師である。

主題はあるコレクションの今後の研究方針を討議すること。すでにリストはできているので、それを基に意見を述べ合うことが主であった。T川先生とC先生が積極的に発言して、会議をリードされた。私も資料整理の仕方についていくらか所見を述べさせてもらった。

この日はそこで夕食になったが、上海名物の魚料理が美味しかった。昨夜に引き続いてワインも美味しくいただいたが、ここのマネージャーのようなおじさんが私を「大哥、大哥(兄貴)」と盛んに呼ぶので、少々面食らった。自分では若いつもりでも、客観的にはこの人より上に見えるわけで…


10月19日(木)

この日も昨日と同じ調子で9時から会議。途中、ネットニュースの取材が入って、私はT岡先生とそちらの対応に当たった。J先生の総括で今回の会議はめでたく終了。昼食後、課題を与えられて、外灘経由で空港に向かった。多少飛行機の出発が遅れたが、9時半には関空に到着。河内長野に向かうチョウさんと堺東で別れて帰途についた。

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*外灘の海岸通りを行く。

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中国の新幹線で上海に戻る

2017年10月24日

留園から蘇州駅に直行し、ここでDさん、Cさんとはお別れ。

中国で鉄道を利用するのは、1986年に東北大学西蔵学術登山隊の人文班の一員として、北京から西寧まで2泊3日の汽車の旅をして以来であるから、随分と久しぶりである。驚いたことに、駅舎の入口で空港同様の荷物検査がある。これは新幹線だからではなく、すべてこうだという。チケットは予約制だ。改札も時間が来るまでは勝手に通ることができない。プラットホームは広々として、静かだった。

そこに中国の新幹線、和諧号がしゅるしゅると入ってきた。

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車内の電光掲示板で見た最高速度は時速306キロだった。27分で上海に着いた。


上海駅から差し回しの車に乗ってホテルに行くと、ちょうどT川、T岡両先生が到着したばかりであった。この夜、黄浦江に浮かぶ船のレストラン「海龍海鮮舫」の最上階にあるパーティー会場で、参加者全員が揃って、歓迎晩餐会が開かれた。

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「上海一眺めがいいレストラン」というだけあって、対岸の外灘の灯と此岸の高層ビル群が一望できる。ワインが美味しすぎて、つい飲み過ぎた。

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*ライトアップされた外灘。かつての「魔都」上海の象徴である。♪ウェルカム上海、ウェルカム上海♪ 吉田日出子の歌声が聞こえる。




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寒山拾得

2017年10月24日

10月17日(火)

蘇州の数多い名所の中で、回れたのは虎丘、寒山寺、留園の三ヵ所だけだった。昨夜の晩餐から、上海で事業をしているCさんが案内役を務めてくれている。Dさんが蘇州はよく知らないから来てもらったらしい。よく聞くと、私達が乗っているBMWも実はCさんの会社のものだ。

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*虎丘沿いの水路を手漕ぎの舟が行く。「次に来た時には乗りましょう」

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*こういう水路に石橋が蘇州の風情を作っている。

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*寒山寺の三門。

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*中唐の詩人張継の「楓橋夜泊」の詩碑。これ自体は清代のものらしい。日本中の床の間の掛け軸で一番多いのはこれだろう。


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*これもお馴染み、寒山拾得の図。伝説の風狂僧二人。


お昼は寒山寺門前の麺館で18元の燜肉麺(もんにくめん)というものを食べたが、なかなかの味だった。蘇州は中国ラーメンの本場らしい。

最後は留園を訪ねる。留園は中国四大名園の一つに数えられる歴史的な庭園である。蘇州の他の古典園林と合わせて、世界文化遺産に登録されている。私はここまでの趣味はないが、好きな人にはたまらない庭なのだろう。

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*あちこちに大小の奇石が置かれている。大きいのは仮山と呼ばれる。

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*聞木犀香軒の扁額。やはり香りは「聞く」ものである。

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*金木犀の花びらで地面が黄色くなっている。香りはほのかだ。

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蘇州

2017年10月22日

「一日早く行って蘇州で遊びませんか」

「うーん、蘇州か、悪くないな…」

頭の中ではすでに「蘇州夜曲」が鳴っている。というわけで、月曜日の出発となった。


10月16日(月)

9時40分に関空のHカウンター前でチョウさんと落ち合い、11時55分発の中国南方航空機で出発。フライト時間は1時間半程度である。上海は近い。甫東空港でDさんの出迎えを受け、車で蘇州に向かう。驚いたことに、Dさんはわざわざこのために北京から来たのだという。おまけに私のために大きなお土産を抱えて。中国人の友だち付き合いと接待(おもてなし)とはこういうもので、日本人とはかなり感覚が違うのである。ありがたいことであるが、同時に注意しなければならないことだとも思う。


地図で見ると、蘇州は上海のすぐ隣りだが、高速道路を乗り継いで2時間以上かかった。それも上海が巨大だからである。4時過ぎに江蘇省に入る。この日の宿はヴィエナ・クラシックホテル。ネオ・バロック様式とでも言ったらいいのか、ドームを持つ西洋建築である。蘇州は「東洋のベニス」とは聞いているが、なぜヴィエナ(ウィーン)なのか分からない。そういえば、周囲にも西洋の有名建築を模したような建物が並んでいる。ほかの場所でもロンドンのタワーブリッジによく似た建物を見た。これが蘇州に限ったことでなく、中国の主要都市はみな似たような状況だとすると、まったくすごいことになっているわけである。


この日の夕食は松鶴楼菜館。蘇州第一の名店という。そこの個室で10人ほどで食卓を囲んだのだが、いったいどういう関係か最後まで分からなかった人もいた。とにかく、私は一座の「老師」ということになっているので、紹興酒で乾杯、乾杯である。幸い、チョウさんが、「皆さん、先生が飲み過ぎないように心配してますよ。1回に飲むのはちょっとでいいんです」と耳打ちしてくれたので助かった。

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*上海蟹は有名だが、実は蘇州の陽澄湖で取れる陽澄湖蟹が最高級なのだそうで、それがこれ。三匹目は遠慮した。      

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中国菓子がいっぱい

2017年10月22日

10月22日(日)

最終日の19日(木)、甫東空港に行く前に、見送りの車に外灘(ウェイタン)に寄ってもらった。有名な上海の旧租界(バンド)である。上海は経由地として何回か通っているが、バンドには来たことがなかった。時間の関係で車窓からの見物になったが、こんなところだということが分かって一応満足した。

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*外白渡橋からの眺め


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外灘北端の外白渡橋を渡ると、アスター・ハウス・ホテル(浦江飯店)がある。1846年創業の老舗ホテルだ。その近くの中国銀行で同行者が両替をしている間に、向かいのセブンイレブンでお菓子を物色した。長女に、中国製ポッキーを各種購入してくるように命じられていたためである。今回の中国旅行で驚いたのは、キャッシュレス化がすごい勢いで進んでいるらしいことで、このコンビニでも札を受け取るかどうかちょっと心配したが、無事お釣りをくれた。その後、空港の中のお土産屋で別のポッキーとプリッツを見つけ、これも購入。蘇州でもらった中国菓子も加えると、こんなお菓子の山ができてしまった。

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*プリッツの上海ガニ味が最高のようで…

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上海にゆく前に

2017年10月09日

10月9日(月曜日)体育の日

来週の月曜日から3泊4日で上海に出張する。目的はある検討会に参加することだ。実はどういった業務になるのかよく分からないのだが、とにかく行った方がいいと判断した。ついでに蘇州の古蹟を視察することになっている。上海から新幹線に乗るのだとか。時間が余ったら上海のバンド(外灘、旧租界)を見物したいとリクエストしている。


その前に目鼻を付けておかなければならない仕事があって、連休なのに昨日の夜から御山である。昼に梵恩舎に香琲を飲みに行ったら、ベロちゃんが詩画集のようなものを2冊くれた。時々描いているのを見たから、仕事の合間に描きためては冊子にしているのだろう。ありがたく頂いてまたオフィスに戻った。夕方、チョウさんがやってきた以外、大学ではほとんど誰にも会わない1日だった。

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*2冊の表紙を合わせるとなんだかひとつに繋がって見える。「夜がやってきた」と「ほたるのゆめ」。ベロちゃんらしい、かわいらしい題がついている。

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ノーベル文学賞

2017年10月06日

10月6日(金)

今年は科学三賞の日本人受賞がなかったので、文学賞に期待して、ネットでライブ中継を見ていた。読み上げられたのは、「Kazuo Ishiguro」。イギリスの著名な作家であり、両親とも日本人であるが、テレビのニュースで見た氏の印象は英国人そのものであった。


思い出したのは、一昨年、東京の講演会で山折哲雄先生が、日本でテレビドラマ化された「わたしを離さないで」(綾瀬はるか主演)に触れておられたことであった。視聴率は高くなかったようだが、注目してよいものだと。先生の鋭さに今さらながら感服した。


本屋さんたちの祭が一段落した後、ゆっくり読んでみることにしよう。

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