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好好学習 天天向上

2017年05月31日

金曜日に張芸謀監督の「初恋のきた道」(原題:我的父親母親)を録画で見た。これでブレークしたチャン・ツィイー(章子恰)が着ぶくれた姿で走るさまは、純情な田舎娘そのものだ。

映画の中の現在は1999年。語り手である息子の両親が出会ったのはその40年前であるから、文革ではなく、反右派闘争が時代背景と推察される。この監督らしく、声高に叫んだりはしないが、父親の期待を裏切って教師にならず、都会で商売をやっているらしい息子に、急死した父親が40年間立ち続けた教壇に一度だけ立たせる演出は、豊かになっても、親の世代の苦労を忘れてはならないというメッセージであろう。

その教室の黒板の左右にはってあったのが次のスローガンである。


「好好学習 天天向上」(ハオハオ、シェーシー、ティェンティェン、シアン、シャン)


これだ、と思い、授業中にチョウさんのために黒板に書いてやった。チョウさんによれば、どこの小学校でも見られるものだという。とても喜んでいた(ように見えた)。



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京都

2017年05月30日

5月29日(月)

日本仏教学会西部理事会出席のため、京都の大谷大学にでかけた。JR京都駅の地下の本屋で、井上章一の『京都ぎらい』(朝日新書、2015年)を買い、北大路との往復の地下鉄内で冒頭部を臨場感をもって読んだ。


「京都を西陣のやつが代表しとるんか。西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな」

「そやかて、山科なんかいったら、東山が西のほうに見えてしまうやないの」

「宇治のくせに、京都と言うな」

「なんやて、亀岡が嵯峨と隣どうしやて。ちょっと待ってえな。(中略)そこのところは、わきまえておいてもらわんと」

著者自身はたいへんお怒りのようであるが、こちらは車中、笑いをかみ殺すのに一苦労した。近くに座った人が一瞬怪訝そうな顔をして私を見た。著者のこの技量は並大抵ではない。

地域差別が入れ子構造になっているのは、何も京都に限ったことではないが、今や世界中から観光客を引き寄せ、半日もいれば、日本人として、少し賢くなったような気にさえさせてくれるこの文化都市が、実はこんな恐ろしいところだったとは、という訳で、これはなかなかの啓蒙書である。


ついでながら、私の(かつての、そして今も時々)同僚のI先生は、京都のど真ん中で生まれ育った生粋の洛中人である。その人がある時私にこう言った。

「京都の人間はな、奥山さん、わりかし、東北の人が好きなんどっせ」

ほう、そんなものかと、その時は悪い気はしなかったのだが、今になって思えば、いったいどんな意味が込められていたのか。

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*大谷大学尋源館。

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再び景教碑

2017年05月29日

4月から本館に移ったため、警備の都合で大学を出るのが早くなった。研究所にも部屋が残っているが、授業と会議で消耗したあと、夕方からお勉強する気にもなれないので、曼荼羅荘に帰って、ちょっとテレビを見て、早々と寝てしまう。そのため、大分寝た気になって時計を見て、何だまだこんな時間か、と驚くことが最近増えた。学校に出かけるにはまだ早すぎる。結局、もう一寝入りすることになるが、いろいろなことが頭をよぎって、寝たり醒めたりの時間が続く。


ゴールデンウィーク前にK先生の記念論集に投じた原稿のゲラ刷りが来たので、かなり時間を掛けて校正した。この時間には、真言宗の古い雑誌の調べ直しも含まれている。短いコラムだが、新しい情報は入れ込むことができた。タイトルは「物言う石―E.A.ゴルドンと高野山の景教碑レプリカ―」とした。この題はゴルドンの著作から取ったものだが、その出所は「ルカによる福音書」である。


2月にハワイ島に行った際、コナで時間ができたので、本屋を探してぶらぶらした。本屋は見つからなかったが、替わりに公立の図書館に行き着いた。ちょうど古くなった本の市民への頒布会が開かれていた。数ドル払って袋を買うと、所定の本の中から、その袋に詰められるだけの本を持ち帰ることができるというもの。帰りの荷物が重くなるのを恐れて、見るだけにしたが、古い本の中に「石が叫ぶだろう(The Stones will cry out)」というタイトルを見つけた。こういう表現は、キリスト教圏では割合に使われるのだろうと思った。


拙文は高野山奥之院にある景教碑レプリカについての考察である。実は高野山のレプリカには、西安の碑林博物館にある原碑と大きく違う点がある。去年の夏、西安を訪れて現物を確認できたので、安んじて論ずることができるようになった。このレプリカを建てさせたゴルドン夫人は、その傍らに眠っている。その墓も特徴のあるものだ。

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天王寺で会食

2017年05月23日

22日(月)

12時半に天王寺で待ち合わせて、インド料理屋Aartiで会食。料理はおいしかったが、いろいろ課題を与えられた会合だった。

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*右からナスとチーズ、キーマ、ダルとチキンのカレー3色。


日曜日は、海北友松(かいほう・ゆうしょう)展の図録を見て過ごした。展示会の図録には最新の学術情報が載ることが多い。分野は違っても、印象に残った展覧会の図録は必ず買うことにしている。


友松は安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した絵師で、その家系は近江の浅井氏に仕えた武家であった。友松は明智光秀の家臣斎藤利三と親しく、利三が本能寺の変の責任を問われて処刑された後、残された家族の面倒を見たという。その中に利三の娘で、後に春日局として徳川政権内で権勢を振るうことになる福も含まれていた。福は、友松の息子の友雪が絵馬などを画いて生計を立てていたのを取り立てて、それなりの地位に就けてくれたらしい。昔の恩返しということだろうか。やはり、人とは仲良くしておかなければならない。


ところで、春日局が大きな権勢を持ち得た理由として、最近、「実は家光の生母であったから」という説が真剣に唱えられているらしい。おもしろいではないか。



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海北友松展

2017年05月21日
5月21日(日)
昨日京都国立博物館に海北友松展を観にいった。
2週間以上もどうしようかと迷っていた。動けるのは土曜日の午後だけで、その時間帯はどうせ混んでいるに決まっているからである。しかし、昨日の朝つらつら考えた。2週間以上も迷っているのは行きたいからだろう。混んでいてもかまわない。行けばいいのである。

行ってみると、思ったほどの混みようではなかった。満足度の高い展覧会だった。
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*京博の噴水
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*京博の考える人

梅田に戻って、新梅田食堂街で焼き鳥と串カツをさかなにビールを数杯飲んで帰宅した。いい一日であった。



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ああ、無情

2017年05月15日

週末は録画してあった「レ・ミゼラブル」を見て過ごした。

私にすれば、ビクトル・ユーゴー先生原作、黒岩涙香先生翻案の「ああ無情」の方がしっくりくるのだが、この映画もなかなか堪能した。

主演のジャン・バルジャン役はヒュー・ジャックマン。「X-men」でしか知らなかった彼がミュージカル・スターでもあることが私には新鮮だった。ジャベル警部役のラッセル・クロウだって吹き替えなしで頑張っていたし。

クライマックスのバリケード戦を1848年の2月革命と思い込んでいたが、改めて調べてみると、これは1832年の6月暴動だということが分かった。







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いさら井

2017年05月07日
5月6日(土)
嵐電に乗って、広隆寺に行った。霊宝殿入口の受付で拝観券を買ったついでに、「いさら井はどこにありますか」と聞くと、京都弁で次のような意味のことを言われた。

「いさら井なら、形だけのものが駐車場の外にあります。学者のみなさんはいろいろ言われますが、意味は辞書にある通りです。ここらは昔、井戸がたくさんあって、いさら井と呼ばれていたんです。学者は、自分の説を立てないといけないのか、いさら井はイスラエルから来たなどと言いますけど、私らからしたら、まったく関係ないことだと思います」

すっかり見透かされた心地がして、
「そうですか、参考になりました」
と素直に頭を下げた。

実は広隆寺に行く前に、東どなりの大酒神社を見にいっているし、三柱鳥居もあれば見たかったのであるが、それを言うとすっかり正体が露見する気がしてやめた。

この人が言っていることの方が私も正しいと思う。だいいち確たる証拠が何もないのである。にもかかわらず、広隆寺=ネストリウス派キリスト教会説が地下水脈のように言われ続けている。このお寺にとっては迷惑な話なのかもしれない。
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*小雨の広隆寺境内。
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1カ月

2017年05月02日

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高野山の桜も、遅咲きの八重桜を除いてほぼ散り終えた。


新年度が始まってから1カ月。毎日なんだかんだと忙しいためか、4月は、1週間がやけに長く感じられ、金曜日の夕方になるのが待ち遠しくてならなかった。連休に入って、毎日自分を取り戻す作業をしている。




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