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博多萬行寺

2017年01月30日

金曜日に博多の本願寺派萬行(まんぎょう)寺に行ったのは、そこが有名な七里恒順(しちりごうじゅん)和上の寺であるからばかりではない。わが小泉了諦も、恒順師の下で研鑽を積んだからである。


了諦は若い頃、「耶蘇退治」で鳴らした。ところが、了諦を見た恒順は開口一番、次のように言ったという。

「あなたは外教退治御大将の一人であるさうな、其は護法心から熱度高き所よりなられたのであらうけれども、足許が肝腎ぢゃから第一法城を堅固にして下さいませ」(小泉了諦「恩師十三回忌辰所感」)

恒順の下で修行すること三年、はじめて真宗の肝要を会得した実感を得て了諦は故郷の福井へ戻った。さらなる修行の場を求めてセイロンに渡り、さらに軍艦に便乗してオスマン帝国、欧州へと足を伸ばすのはその後のことである。


この寺では築女の中川先生を中心とするグループが文化財調査をされている。この調査の過程で了諦関係の資料が確認されたことが、今回私が築女にお邪魔する遠因になったのだから、縁とは不思議なものである。

萬行寺は繁華街のど真ん中にあった。寺務所を訪れると、とてももの柔らかな方たちが丁寧に応対してくださり、さすがに恒順さんのお寺であった。パンフレット2種と新聞1部を頂いて門を出た。


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*萬行寺の本堂。周囲には納骨堂が4つもあって、実に堂々とした大寺である。


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東風吹かば

2017年01月29日

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*太宰府天満宮の飛梅


「天満宮では中国語しか聞こえませんよ」

行ってみると、確かに中国語が飛び交っている。次が韓国語。中国人観光団が、ガイドに二礼二柏一礼を習って、ぎこちなくやっている姿はちょっとほほえましい。


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*九州国立博物館


九博のテーマのひとつは海外との交流史のようだ。韓国人窃盗団に盗まれた対馬の仏像の所有権に関する韓国地裁の奇妙な判決を聞いた後なので、複雑な思いで展示物を見た。


という訳で、26日、27日は福岡県にいた。太宰府市にある筑紫女学園大学の先生方からシンポジウム出席のお声がかかったからである。シンポジウムは題して「南方熊楠とインドの宗教」。スピーカーと題目は以下の通り:

宇野智行先生「南方熊楠のジャイナ教理解と評価」

川尻洋平先生「南方熊楠とインドの神々」

私「南方熊楠と仏教」

司会:小林久泰先生


話がまた長くなってしまったのが反省材料だが、築女の先生方の温かい御配慮で、とても楽しく過ごさせて頂いた。これが26日のこと。

この日は二日市のホテルに泊まり、翌日、バスと西鉄を乗り継いで天満宮に参詣。九博を見てから、西鉄で福岡の天神に出て、祇園の万行寺に参詣し、その後、JR博多駅まで歩いて早めに帰途についた。もっとあちこち見物したかったのだが、がちがちに仕事詰まりの折柄、これが精一杯だった。





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雪がしんしんと降っている

2017年01月23日

当然、高野も大雪である。

昨日も今日も、朝から雪がしんしんと降っている。


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*昨日の夕方、帰宅前に一仕事する事務スタッフ。日中の降雪量が推し量れる。

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*今朝は新雪を踏んで研究所へ。「僕の前に道はない」、「僕の後に道はできる」



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とんど焼きの日

2017年01月15日

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*お正月の名残


1月15日(日)

空は晴れているが、風がとても冷たい。ここ大阪府南部では一冬に何度もないような寒さだ。

10時、例年通り、正月飾りを多治速比売神社に持っていって、焚き上げてもらう。


昨日は、これも恒例の1日人間ドックの日であった。前にも書いたが、ここに来るとなぜか血圧が高くなる。その他は1年あまり前と変わらない数値が出て、まずは一安心であった。ある程度長く生きるのが、子どもに対する親の義務でもあるかと思う。今年は節制に努めるつもりだ。


12時に入って終わったのは4時すぎ。それまで、朝9時ごろから水も飲めなかった。いつも通り、もらった食事券で「栄養」をつけて帰宅した。





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景教碑

2017年01月11日

一昨年の9月にイスタンブルに行った折、ボスポラス海峡を船で渡って、アジア側のカドゥキョイ地区に案内され、レストランの中庭の葡萄棚の下で会食したことがある。カドゥキョイは古名をカルケドンといい、451年にカルケドン公会議が開かれた場所である。この会議でイエス・キリストの単性説が否定されるとともに、その20年前、同じアナトリア(小アジア)のエフェソスで開かれた公会議で下された、コンスタンティノープル大主教ネストリウスの教説に対する異端認定が確認された。かくしてネストリウス派は東方への布教に活路を求め、7世紀前半には唐の都長安に達した。この教派の中国における名称は景教である。


二つの公会議から1500年以上の歳月が流れた。


1911年9月、高野山奥之院に「大秦景教流行中国碑」のレプリカが建てられた。それはイギリスのゴルドン夫人(E. A. Gordon)の寄贈になるもので、夫人は、弘法大師は長安の大秦寺(キリスト教会)境内でこの碑を見たに違いないとの思いから、これを高野山に建立したのであった。夫人には、景教が古代日本に伝来したとの確信もあった。


原碑は、17世紀初めに西安郊外の金勝寺境内から出土し、そこに置かれていたものが、20世紀の初めに碑林(博物館)に移されて今日に至る。碑文を撰したのは大秦寺のペルシア僧アダム、中国名景浄である。この景浄が、長安における弘法大師の先生の一人であるインド人般若三蔵といっしょに『六波羅蜜経』を翻訳しようとして失敗した景浄と同一人物であるというのだから、話はややこしい、否おもしろい。






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冷たい雨の一日

2017年01月09日

1月9日(月)

1日中冷たい雨。

今頃になって、実は男でした、ではさすがに困るのだろうが、原則として史実には忠実であってもらいたい。もっとも、今回の場合、史実そのものがよく分からないというのだから、どうしようもない。


近頃は我ながらお手軽なものに飼い慣らされていると感じる。スコッセシの「沈黙」でも見て修正しようか。


高野山は寒い。おまけに、曼荼羅荘の部屋では、安全のためにストーブを焚かないことにしている。それでも、雪山でテント泊していると思えば、結構よく眠れる。



ある大学教員の日常茶飯

十二支考輪読「鶏に関する民俗と伝説」

2017年01月08日

1月6日(金)

南方熊楠顕彰会学術部会議に出席するために田辺に行く。4時半に高野山を出て、着いたのは7時前。平成28年度、29年度の事業などが検討された。終わって恒例の夕食会。場所は「あじみ」で、先発隊と合流した。

これまで何回も書いてきた通り、田辺は魚がうまい。したがって、酒もうまい。しかし、今年の私は決意も固く、「酒は飲まないことにしました。」

10時半過ぎにお開きになり、アルティエにチェックインした。いつものように飲んでいれば、そのまま

バタンキューだが、しらふだったから、風呂に入ったり、論文を読んだりすることができた。


1月7日(土)

温かくいい天気である。10時前に顕彰館に行き、熊楠の蔵書を何冊か閲覧した。その後、Tさん、Gさんと蓬莱ずしで太刀魚丼で腹ごしらえして、2時から十二支考輪読「鶏に関する民俗と伝説」に出席した。

辰に始まったこの行事が、もう酉になった。

終わって、資料を片付けたりしているうちに、もう夕方である。あまり暗くならないうちに帰路に就いた。


1月8日(日)

一転して雨の一日である。多少疲れが出たようで、起きたのは10時すぎだった。後に届いた年賀状に何枚かお返しを書き、出しに行ったついでに紀伊國屋書店に寄って本をながめた。それから帰宅して早い夕食を取った後、御山に戻った。







 


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デリーの学会

2017年01月05日

1月5日(木)

デリー大のRさんに発表要旨と履歴データを送った。3月にデリーで日印関係をテーマにした国際学会が開かれる。そのことをYさんからの電子回覧板で締め切り間近になってから知り、Rさんに問い合わせたら、「来てくれ」となった。タイトルを出した後になってT先生からもお誘いの連絡が入った。やはり持つべきものは知り合いである。


久しぶりにデリーの各所を回るのも悪くない。


その前に出さなければならない原稿が3つほどあり、これは1月中だ。2月は2月で公私ともに忙しい。


高野山は寒いが、天気がよくて気持ちがいい。昨日辺りから体調がよくなり、仕事が捗っている。

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今年もよろしくお願いします

2017年01月03日
新しい年がまたやってきた。

旧年の最後の二日は、粗大ゴミのクリーンセンターへの搬入と家の中の掃除と年賀状の印刷に費やした。大晦日の晩はちゃんと紅白歌合戦を見た。
年が明けて1日と2日は年賀状を書きながらのんびり過ごした。今日(3日)になって、ごろごろすることに疲れたので、寒い御山に戻った。

つまり、いつも通りの年末年始の休日だった。

今年のスローガン「ものごとはなるようにしかならないのだから、どんと構えて受け止める」



ある大学教員の日常茶飯
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