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公式行事の一日

2016年11月04日
10月25日
 午前中、在ネパール日本国大使館を訪問の後、大使に伴われて大統領官邸に行き、ビドヤデビ・バンダリ大統領にご挨拶した。昼食は以前泊まったことのあるシャングリラ・ホテルの中庭で大使を囲んで。その後、シンガ・ダルバールへ行って観光大臣と会談(むろん町長が、という意味)。それからスワヤンブナート寺院とカトマンズのダルバール広場を見学し、その晩は大使公邸で晩餐の饗応を受けた。
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*祈祷旗が波のようにはためいている。

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*「自然に生じた(スワヤンブー)」チャイティヤ。

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*スワヤンブナートのある丘の上からはカトマンズ市内が一望できる。

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*モンキーテンプルの異名を取るように猿が多い。

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*旧王宮の被害も深刻のようだ。

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*夕暮れ時、雑踏の中を歩いてゆく。「幻覚の町」、否むしろ、「酩酊の町」。

フィールドワークの記録

パタンの状況

2016年11月04日
ラジンパットのホテルにチェックインした後、パタン見学に向かった。
パタンは、かつてカトマンズ盆地に存在した三つの都市国家のひとつである。旧市街地はダルバール広場を中心に貴重な古建築が集まっている。ここに来て初めて去年の地震が貴重な文化財にどのような被害をもたらしたかが実感できた。

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*ダルバール広場。町全体が工芸品のようだ。

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*ダサイン(ドゥルガープージャー)とティハールという二つの祭の中間期で、みんなお祭り気分が抜けないようだ。これは88歳のお婆さんの年祝いの練り歩き。
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左は倒壊した寺院。がれきは片付けられている。つっかい棒で凌いでいる建物も見られる。伝統技術が保持されているのだろう。修復は段々と進んでいるようだ。

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*狭い路地はオートバイの洪水だ。
フィールドワークの記録

15年ぶりのカトマンズ

2016年11月01日
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*まさに神々の山嶺である。ただし、本文とは別のタイミングで撮られた。エベレスト、でしょうか?

「あれがエベレスト、サガルマータだ」
 となりのネパール人紳士が教えくれた。確かに雲海の上に雪山が顔を出している。
 日本を出たのが24日の深夜、6時間余りのフライトでバンコクのスワンナプーム国際空港へ。そこで乗り替えのため5時間ほど時間をつぶし、そこからさらに3時間でカトマンズに近づいた。

 「ネパールは初めてですか」と何度も聞かれた。その度に適当な返事をしたが、よく数えてみると今回が6回目である。最初に来たのは1984年か5年の夏で、インドのパトナから飛んでカトマンズに入り、バスでポカラまで行き、またバスでバラナシに出た。ビザはカトマンズの空港で取った。今回も、同じようにアライバル・ビザである。急に決まった出張で日本でビザを取る時間がなかったのだ。実は、ものすごく時間がかかって、同行の人たちに迷惑を掛けるのではないかと恐れていた。ところが25ドル払って領収書をもらい、用意の顔写真とともに入国審査カウンターにパスポートを差し出すと、あっけないほどすんなりと入国できた。

 空港にはガイドさんが専用車で迎えに来ていた。ネワール人で、実に達者な日本語を話す。この人に私たちは5日間スルーで御世話になった。私たちというのは、高野町の訪問団+和歌山県議会議員+同県参事+高野山大学代表の私の総勢7名である。高野町は去年、ルンビニー開発委員会と姉妹都市提携の約束をした。その調印式が諸般の事情で今年に延びていたのだ。私の同行は、詳述は差し控えるが、ちゃんとした使命あってのことだ。

 15年ぶりのカトマンズは、随分大きく、騒がしい、大渋滞の町になっていた。排気ガス避けにマスクを掛けている人が目立つ。去年の地震の被害は、カトマンズでは、文化財の建築物と低所得者の町には大きかったが、他はさほどでもないらしい。深刻なのは地方の被害だという。

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フィールドワークの記録
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