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ちょっと気持ちが楽に

2016年02月26日
昨日卒業論文の試問があり、一区切りついた。ちょっと気が楽になり、前から考えていた所蔵品調査のお願いに、F県のある博物館に電話をかけた。
「ありますけど、何の研究ですか」
「エルトゥールル号の研究です」
「エルトゥールル号ですか!そういうことなら是非協力させてもらいます。「海難1890」は二回見て、二回とも泣きました。・・・・でも、来るなら、もうちょっと早く連絡してね」

人生いろいろなところに出会いがあるものである。
関連の新聞記事をファックスで送ってもらった。それを見て、ようやく気がついた。相手がそこの館長であることに。
3月には行ってみよう。

「大宮孝潤とインド」の二校が来た。K野先生編集の大著への寄稿で、早くに初稿ゲラをもらっていながら、忙しさの余り、放っておいたら、すぐ校正しないと間に合わない事態に立ち至った。まあ、珍しいことではない。一昨昨日、一昨日と二回にわけて初稿を送り返したら、驚いたことに、もう二校だという。これはよほど切羽詰まっているのである。午後2時過ぎから直ちに仕事にかかると、さすがプロ。かなり赤くして送ったのに、直すところがほとんどない。そこで訂正箇所のみファクスで送り、仕事を終えた。

茨城県の妙行寺を訪ねたのは一昨年の秋である。これで、先代住職から受けていたご恩も幾分かは返すことができた気がする。

茨城といえば、両ゲシェーとチョウさんが、梅チャンから手紙と大阪旅行の写真をもらったと大感激していた。日本の手紙はこういうものだということが分かって勉強にもなったと思う。梅チャン、サンキュー!





ある大学教員の日常茶飯

♪こんぴら舟、舟♪

2016年02月24日
2月17日(水)
早朝、K本さんが急用のため大阪に戻り、私たちは二人になった。それなら、と、私も金刀比羅宮(こんぴらさん)をお参りしたら、予定を早めて帰ることにした。

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*有名なこんぴらさんの石段。早朝のため、誰もいない。お店も開いていない。めずらしい写真だ。

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*本殿まで登ると、眼下に讃岐平野が広がっている。晴れているので、よけい寒い。時々雪片が舞ったりする。「功徳あるわ~」

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*こんぴらさんと言ったら、「こんぴら狗」だ。江戸時代、飼い主に代わってこんぴらさんに代参に来たけなげな犬たちのことである。「金比羅参り」と書かれた袋を首に着け、その中に初穂料と道中の餌代を入れてもらって旅立ったというけれど、彼らのうちのいったい何匹が故郷の村まで帰りつくことができたのか。考えただけで胸が熱くなる。

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*もひとつ、こんぴら狗。社務所に1000円納めて、小さいのを一匹もらって帰ってきた。今、テリーの遺影の側に友だちの「こんちゃん」として座っている。

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*こんぴらさんは海と船の神様だ。航行の安全を祈って、たくさんの絵馬が上げられていた。

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*琴平駅まで送ってもらい、列車を乗り継いで帰途に就いた。これは瀬戸大橋。
K本さん、S田さん、ほんとうに御世話になりました。
フィールドワークの記録

讃岐の路

2016年02月23日
20日土曜日は梅田グランフロント大阪北館にあるナレッジ・キャピタルで、フジキン小川修平記念講座講演会。密教文化研究所の主催なので最初から最後まで出席。21日日曜日は京大で研究会。午前10時半から午後5時まで。週末に一日も休めないのはきつい。

2月16日(火)
笈摺姿にも多少慣れて、気持ちが楽になってきた。この日は讃岐の路である。
朝風呂に入って身心を浄め、朝食の後出発。高速道路で香川県に入り、まず目指したのは雲辺寺である。標高900メートルの山上まで麓からロープウェイに乗る。着いてみると、雪が、場所によっては10センチ近く積もっている。風もあってその寒いこと寒いこと。本堂、大師堂と廻っているうちに指先の感覚がなくなるほどであった。だから、1時間半ほど後に麓に戻った時には心底ほっとしたが、同行の2人は、終始、「功徳がある」と喜んでいた。さすがである。

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*雲辺寺の「おたのみなす」。この穴をくぐって、あのなすに腰掛けると願いが叶うらしい。

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*大興寺門前の石地蔵。

ちなみに今年は閏年で、逆打ちという逆回りの遍路が許されている。逆打ちは功徳が何倍かになるらしい。今はお遍路さんが少ない時期だが、それでも札所にいると団体がぼちぼちやってくる。

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*霊山として知られる弥谷寺。石段が長く、途中に磨崖仏が見られる。弘法大師が7歳の時学問したという洞窟を中心とした霊地だ。落石で閉鎖されていたが、S田さんが話を付けてくれたので、拝むことができた。

ロープウェイの駅の近くのお店で名物讃岐うどんを食べた後、大興寺、弥谷寺、曼荼羅寺、出釈迦寺、善通寺と回った。この辺り、八十八箇所霊場の密度が高い。讃岐は何と言っても弘法大師の故郷で、札所毎にさまざまな霊験譚が伝えられている。善通寺を参拝して今日は打ち止め。駐車場に戻ったら、みぞれが降ってきた。「功徳がある」ねえ~。

この日の宿は琴平の琴参閣という大きな旅館であった。

フィールドワークの記録

伊予の旅

2016年02月19日
2月15日(月)
9時過ぎに新大阪でK本さんと落ち合う。K本さんは四国遍路のベテランで、今回案内を頼んだ方だ。

先に書いたように、ただ札所に行っただけでは、お遍路さんではない。肩書きを外し、お遍路さんの群に身を投じなければ、分からないことがあるはずだ。今大学では実践的なことにますます力を入れようとしている。それをやらせる側が机上の空論では話にならない。2月の忙しい中、無理に時間を作ったのは、こういう訳でもある。

新大阪から岡山までは新幹線さくら、岡山からは特急しおかぜに乗り換えて瀬戸大橋を渡る。今治に着いたのは、午後1時半過ぎであった。改札口でK本さんの親戚のS田さんに出迎えられる。
最初に連れて行ってもらったのは札所ならぬ今治城、次が来島海峡大橋の眺めがきれいな丘の上、それから造船所。今治はこれが三度目だが、初めてのところばかりだ。今治城は藤堂高虎が築いた城で、お堀には海水を引き込んでいるという珍しい構造である。以前、結婚式でお呼ばれした時に、ホテルからアーケード街を通って港まで来たのに、疲れていたせいかこの城までは足が向かなかった。造船所は外からちょっと眺めただけだが、S田さんによると、中国・韓国に押されていた日本の造船業界に最近活気が戻り、船の注文は数年先まで一杯とのことであった。真に結構な話である。

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*来島海峡第三大橋。ここらは、その昔、村上水軍の一派が活躍した海域である。潮の流れはかなり速そうだ。

今治市内の南光坊が今回の旅で最初に訪れた札所(55番)であった。本堂、大師堂の順に、蝋燭に火を点け、線香を焚き、お札を納め、お賽銭を上げ、勤行する。それが終わると、納経所で300円を納めて納経帳に御朱印を頂く。私は、まったく初めてだから、見よう見まねで、K本さん、S田さんに付いてゆくだけである。

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*仙遊寺大師堂前で。

同じ様な調子で、栄福寺(57番札所)、仙遊寺(58番札所)と回るうちに日が暮れかかり、身体が芯まで冷えた。この日の宿は、休暇村瀬戸内東予。まずは大浴場の湯船で身体を温める。燧灘(ひうちなだ)の眺めがすばらしく、バイキング方式の食事もうまい。なかなかいい宿であった。

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*♪瀬戸は、日暮れて・・・




フィールドワークの記録

寒~い遍路

2016年02月17日
商売柄、四国八十八箇所霊場の札所は何カ所か訪れたことがある。しかしそれは講演だったり、研究会だったりで、四国巡礼に行ったわけではない。20年近く前、ゼミ旅行で香川・徳島の札所を何ヶ寺か巡ったのが一番それに近かったが、それでも笈摺(おいずる)と呼ばれる白衣を着て、お遍路さんになったわけではない。

この笈摺を着るか着ないかが、巡礼かそうでないかの分かれ目であると思う。
私は元来、お仕着せの類は大嫌いなのだが、これを着ないとお遍路さんにはなれないので、今回は覚悟を決めた。

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*第66番札所雲辺寺(標高900メートル)の境内には雪が降り積もっていた。観音像の指先からつららが下がっている。

2泊3日で、今治に列車で入り、車で香川に移動しつつ、南光坊、栄福寺、仙遊寺、雲辺寺、大興寺、弥谷寺、曼荼羅寺、出釈迦寺、善通寺と巡り、最後は金刀比羅宮をお参りして帰った。3日間ともえらく寒かったが、お陰さんで身体の芯から浄められたような気がする。
次回からその様子を少し詳しく述べてみよう。
フィールドワークの記録

六本木ヒルズの菜の花

2016年02月14日
2月12日(金)
高野山大学大学院では、去年から、東京六本木ヒルズにあるハリウッド大学院大学のご協力の下、臨床宗教教養講座を開いている。来年度、その授業の一つを担当することになったので、同様の他の教員たちと一緒に挨拶を兼ねて見学に行った。

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*バルコニーの菜の花が満開であった。その外には、我々の普段の生活とはかけはなれた風景が広がっている。

帰りの新幹線の中で、高村薫の『空海』(新潮社)を読んだ。新著である。小説ではなく、評伝のようでもあり、旅のルポルタージュのようでもある。高村氏が大学に取材に来られたのは、去年のことである。私は直接対応しなかったが、非常に熱心な方だったと聞いている。

天王寺のJR正面改札口でK本さんと落ち合い、月曜日からの四国遍路の打合せをする。ついでに居酒屋で軽く飲んだ。店は15階にあって、窓からあべのハルカスがよく見えた。今度の出張は、大きなビルを散々見た気がする。
さて、明日から、K本さんの案内で、2泊3日でお遍路さんに出る。行く先は、愛媛、香川のいくつかの札所である。

今夜から明日にかけて、金剛峯寺の大広間で、釈尊の遺徳を追慕して、常楽会(涅槃会)の法要が執り行われる。これに合わせて、東京からK峯先生が来られる。私は、D院からの案内役を買って出た。これには、ウセル・ナムギェルの両ゲシェーとチョウさんも加わる予定。早めに行って、うどんを頂きながら、11時の開始を待つわけだが、私は明日からの四国行のため、早めに失礼することになる。
高野山大学の力

スポーツは何が好きですか

2016年02月08日
今日2月8日は春節である。ホワイトボードに「新年快楽」と書いておいたら、チョウさんが喜んでいた。やっぱり中国の子である。

今日の授業は、「スポーツはなにがすきですか」から、スポーツの話題で盛り上がった。

彼らのうち特にナムギェルさんは大相撲が好きで、場所中は毎日テレビ中継を見ているという。りきしは誰が好きかと聞くと、名前は知らないが、この間優勝した、こういう風にする人、とそっくりかえって見せる。琴奨菊だ。こう聞けば、ついつい大阪場所にでも連れて行ってやりたくなるが・・・
ウセルさんはサッカーが一番好きだが、やはり自分でやるわけではなく、専ら観戦らしい。アジアでは日本と韓国が強いですね、とちゃんと状況を把握している。

彼らはよくテレビを見ている。

ドラマでは「相棒」が好みらしい。パッドで撮ってきて、これだと見せてくれたら、水谷豊が独特の口調でしゃべっていた。さらに、洋画も時々見るという。彼らによれば、日本の映画は言葉が聞き取りにくい、その点、洋画の吹き替えは、セリフ回しがはっきり、ゆっくりしているので理解しやすいのだという。なるほど、そういうものか、とこれは耳よりの情報であった。


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ある大学教員の日常茶飯

中之島図書館にでかける

2016年02月07日
2月7日(日)
高野山は朝方までさらさらの雪が降っていた。新雪を踏んで研究室に来た。

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*文化通りの坂道を見下ろす。

左手を骨折してから丸1年、完治したと自信をもって言える。あの時手術に踏み切っていたら、当面の治りは早く、義理ある原稿をひとつ落とさずにすんだはずであるが、今頃はまた取り出すための手術の算段をしなければならなくなっていた。保存療法を選択してよかった。

昨日は久しぶりに中之島の大阪府立図書館に行き、データベースから新聞記事を80件ばかりプリントした。遊んでいられる状況ではなかったが、夕方家にいなければならない用事があったので、空き時間を利用して資料集めにでかけたのである。

以前はマイクロフィルムを自分で旧式のリーダーに掛けて見たものである。今はデータベースで簡単に検索・プリントできるようになった。本当は自分の目で探したいのだが、この便利さには敵わない。

この図書館は、建物は立派だが設備は古い。1時間半ばかり座っているうちに身体が冷えたので、難波で金竜ラーメンを食べて帰途についた。難波は相変わらず中国からの観光客で賑わっているようであった。爆買いもそう長くは続かない、と言われる中、どうしてどうして頑張っているじゃないか。

夜中になって、個人的にとても嬉しいニュースが伝わってきた。テリー大明神、御利益絶大である。







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