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やっと夏らしい日

2015年07月31日
やっと夏らしい日が訪れた。蝉がないている。同時にウグイスが鳴いているのが高野山らしい。

授業は今日でおしまい。ようやく夏休みだ。

ドラさんが、暑い、暑い、言っているので、おもわず、
「そんなに暑いなら、着ぐるみを脱いだらいいんじゃないですか」
「ソッ、ソウデスネ! デモ、ソレハオ互イ様ジャナイデスカネ、デモナイカ・・・(こういう気の弱いところが好きだね)」

中国人留学生のCさんに、「前髪をもう少しこうクルリンとするとサザエさんに似てきますね」
「ガ~ン・・・・・・」

「奥山さん、部屋は空けてくれましたか」
「あっ、あの、その、やっと95%に漕ぎつけまして」
「そうですか、このあいだ覗いたら、まだ7,8割にしか見えませんでしたが」

早くしないと、夏が終わる。
ある大学教員の日常茶飯

オープンキャンパス

2015年07月20日
7月18日(土)
台風の影響でダイヤが乱れる中、京大で開かれた研究会に参加。懇親会を終えて、夜の11時過ぎに帰宅する。

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*「こいさん、鴨川の水があない逆巻いて・・・」
「ひやあ、すごうおすなあ」(四条大橋 18日午後1時45分頃)

7月19日(日)
朝早く御山に登り、オープンキャンパス。台風一過快晴とはゆかなかったが、天気は何とかもってくれた。申し訳ないことに、私は、昨夜の影響で終日眠くて仕方なかったが、事務方のがんばりで、例年よりも多くの人が来てくれた。

それは映画を付けた効果でもあるかもしれない。
午後2時半から黎明館で「ボクは坊さん。」を鑑賞。今回の上映がワールドプレミアだという。コメディタッチのものかと思いきや、特に後半は淡々として静かに感動的。白川君は大学では私のゼミで、その後、研究会でお寺の施設を使わせてもらったこともあるが、そういう関係は棚上げしても、作品自体とてもよいと思った。
映画が終わってからのトークショーも彼の個性が光っていて、短いながら、映画とはまた別の味があった。10月から全国ロードショー公開される。
7月20日(月)
上天気で朝から暑い。下界はどんなだろう。今日、原稿に目鼻が付かないとエライことになる。自分に言い聞かせて机に向かう。
高野山大学の力

ボクは坊さん。

2015年07月12日
白川密成君の『ボクは坊さん。』が映画になった。主演は伊藤淳史だ。

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10月に全国ロードショー公開されるはこびだが、それに先駆けて、何と!来週の日曜日、つまり7月19日に、高野山大学のオープンキャンパスで先行特別試写される。ふんだんに、かどうかは分からないが、高野山大学の授業風景なども出てくるらしい。そして何とイヌイさんも、(セリフはないかもしれないが)出演しているのだ。来れる人はみんな、見に来よう。

7月11日(土)
午後、難波のスイスホテルのロビーで、文化財のN村さんの肝いりでK村さんにお会いし、新潟の赤倉温泉についてお話を伺った。
K村さんは赤倉温泉の出身で、スキーでオリンピック選手になったこともある、ちょっと松岡正剛に似た紳士だ。K村さんとは初対面ではない。2013年の晩秋に堺市博物館で、肥下家資料について講演をした折、新聞で知って駆けつけてこられた。その後、北旅籠町の清学院で、K村さんが所蔵する高村光雲作の大黒天像と河口慧海の「観自在」の扁額の展示会も開かれている。

名湯というものは大抵そうかもしれないが、赤倉温泉にも多くの著名人が訪れている。岡倉天心(天心は赤倉温泉で亡くなっている)然り、与謝野晶子然り。そして我らが河口慧海も夏場になると湯治がてら勉強のために滞在していた。そういう昔の名残りは、どんどん失われているから、K村さんがおっしゃる通り、「調べるなら今のうち」なのだ。

話がはずんで、来月、都合が合えば、K村さんも一緒に行ってくださることになった。



高野山大学の力

戸田文化講座「中門再建」

2015年07月08日
昨日、図書館の戸田文化講座で、高野山堂宮大工の尾上恵治氏による講演「中門再建について」があった。
四月初めに落慶法要が賑々しく行われたこの中門が、どのようにして建てられたかが、現場責任者の立場から語られ、なかなかの知識になった。

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たとえば、「ひかりづけ」である。これは、礎石の凹凸に合わせて柱の木口を加工し、ぴったりはめこむ技法で、大門にも(粗いが)用いられているという。樹齢330年から340年の大きな柱材でこれをやるのは、相当な技術と時間を要したが、これによって柱が安定し、その後のプロセスが楽に進んだという説明だった。何気なく眺めていたものが、専門家の説明によって、急に輝かしいものに感じられた。

会場には、一般の人々が橋本や、遠くは堺から、大勢聴講に来ていた。彼らがどのようにして講演会の情報を得たかは、テーマの選定と共に、大学として、ちょっと考えてみてよい。
高野山大学の力

世界遺産

2015年07月06日
今日も雨。 高野山のアジサイも碧さを増してきた。

このところ、身体のバランスが崩れたのか、左の腰が痛くて歩きにくかった。それが土日に歩いたのと寝ていたのとで、だいぶましになった。やはり椅子に座りっぱなしはよろしくない。

世界遺産登録に地元は喜びに湧いているらしい。結構なことである。

カネ儲けの手段になっているという批判もあるようだが、カネ儲けで何故悪い、と言いたい。世界遺産候補は、文化であれ自然であれ、地方に散在している。東京一極集中がますます進む中で、地方の持つ財産が脚光を浴び、外国人も含めたお客さんが増えて地方が活気づくのであれば、結構な話ではないか。「軍艦島」が世界遺産か?といった議論は、単なる印象ではなく、専門的な知識を踏まえてやらないかぎり、よもやま話に過ぎない。

ただ、昨日の決定に至る過程、とくに審議に入る前のごたごたは、綿密に検証してもらいたい。土壇場になって、いきなり値段をつり上げるような、あのやり口はいったい何だったのか。次もあることだし、マスコミには是非、いわゆる「強制徴用」とは何だったのかも含めて、そういう追及をしてもらいたいと思う。


ある大学教員の日常茶飯

雨中、7月に入る

2015年07月01日
真夜中から昼過ぎまで、飽きることなく強い雨が降り続いた。とうとう今日から7月である。

近頃どんどん予約が入って、今月から来年の1月まで、毎月論文を書かなければならない状況に立ち至った。そんなバカなという気もするが、仕事は断れない性分だから仕方がない。

妙行寺の大宮師がメール添付で大宮孝潤関係の資料を送ってくれた。その中に写真が二枚含まれている。一つは、明治39年4月に大宮がインド留学から帰朝した際に、横浜港まで迎えにきた飯田乗賢・孝道兄弟と横浜市境町(今の日本大通)の写真館東谷(とうこく)で撮った記念写真である。残念ながらまだお見せできないが、数え年35歳の大宮は、髪を分け、鼻鬚を蓄え、洋服をきっちり着込んだ颯爽とした立ち姿である。袈裟を着た乗賢、学生服の孝道もいい顔をしている。

もう一枚は、昭和11年に撮影された65歳の大宮である。最初の写真とは打って変わった僧形で座し、膝に愛犬「ベル公」を乗せている。大宮は、コロンボでは「モンス」、カルカッタのバリガンジでは「スナ公」と「ビー助」を飼っていた。明治のインド留学生の中で、留学中に犬を(しかも3頭も)飼っていたのが分かるのは大宮だけである。これはよほどの犬好きである。

妙行寺では捨て犬や迷い犬をよく飼っていたらしい。「マロ」という子犬が死んだときには、麻呂善童犬という戒名を授けた逸話も残っている。


ある大学教員の日常茶飯
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