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年末の所感2

2014年12月28日
黒田選手がヤンキースやドジャースのオファーを断って広島に戻るというニュースには驚いた。黒田は、味方が打ってくれなくても黙々と投げる姿がいい。野球に趣味のない私でも、黒田が投げるならば、一度広島球場に足を運んでもいいという気になる。呉の戦艦大和ミュージアムと江田島の海軍兵学校跡の見学とセットにして、1泊2日でどうだろうか。

実は年末にでも新潟の旧水上村と赤倉温泉に地元の方の案内で調査に行くつもりだった。ところが、連絡があって、大雪で止めた方がよい、四月にでもどうぞ、とのこと。ああ、温泉につかって雪見酒のはずが・・・

今年度内にパリのギメ美術館に調査に行く予定。問い合わせに親切な返辞がきた。

近々、ムンバイ(旧ボンベイ)にも行くぞ。

山口県萩市では今、他の地方自治体と組んで、萩の城下町や松下村塾、反射炉などを世界遺産に登録しようとしている。名づけて、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」。大河はそのはずみになると喜んでいるそうな。新島八重よりも無名の人物が主人公なんて、いったいどうするつもりだろうと思っていたが、こうなると応援したくなる。ただ歴史ドラマとしての「平仄」だけは外さないでもらいたい。

先月初め、贈答用の富有柿を買いに九度山に行ったら、もう「真田丸」ののぼりを立てている。高野山麓の九度山は、関ヶ原の合戦の後、真田父子が流された場所。期待するのは分かるが、そう何回も九度山が登場するとは思えないのだが・・・

東日本大震災に際して、スリランカからは約8000万円の義捐金が寄付された。スリランカの物価は日本の10分の1である。所得にはもっと開きがある。この二つを考慮すると、この8000万円がどんなに巨額であるかが分かる。今後とも、インド洋沿いの国々とは仲良くしよう。

ある大学教員の日常茶飯

年末の所感

2014年12月26日
いよいよ押し詰まった。本当は目を三角にして頑張らなければならないことがあるのだが、何とも力が入らず、ふわふわ生活している。今年は一言でいうと「あがいた」一年であった。形になるものはあまり残せなかった。だが、毎朝、「今日は一日がんばろう」と思えるから、それだけで、まあ、よしとしなければならない。

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*犠牲者を弔うために建立された「ツナミ・ホンガンジ・ウィハーラ」の大仏(セイロン島南部)

さて、インド洋大津波から今日で10年が経った。この時の地震と津波の犠牲者は各国合わせておよそ23万人に達するとされる。スリランカだけでも津波で3万5千人以上が犠牲となった。東日本大震災時のスリランカの人々による物心両面での支援については、以前、このブログにも書いた。東日本大震災同様、この悲劇も忘れてはならない。
ある大学教員の日常茶飯

インド・チベット仏教における夢

2014年12月21日
角川書店の『怪』0043に「インド・チベット仏教における夢」と題する短文を書かせてもらった。カラー口絵には、花巻市博物館所蔵のチベット・タンカ「釈尊絵伝」を使ってもらった。
特集「夢」の一部である。この特集、「聖徳太子と夢」から「中国の夢文学」まで全部で10話で、「夢十話」と銘打ってある。これから読むが、なかなか面白そうだ。

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だいたい、水木しげる先生のこの表紙がすごい。さらに「世界で唯一の妖怪マガジン」に加えて、「世界妖怪協会公認」とか、「お化け大学校公式教本」など賑々しい文字が躍っている。
ある大学教員の日常茶飯

Asian Buddhism

2014年12月17日
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*本願寺伝道院から西本願寺の総門とその向こうの御影堂の大屋根を望む。本願寺伝道院(重要文化財)は、伊東忠太設計のサラセン様式の建物。伊東好みの石造の怪物たちが迎えてくれる。

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*西日を受ける西本願寺の飛雲閣。秀吉の聚楽第の一部と学校で習い、そう思い込んでいたが、係の説明によれば、それは事実ではないとのことで、軽いショックを受けた。

上も本願寺、下も本願寺である。

というわけで、13日、14日の二日間、龍谷大学大宮学舎で開かれたAsian Buddhismというワークショップに参加して、大いに刺激を受けた。
それにしてもこの所、土日の度に出歩いていたので、かなり疲れた。もっと悪いことには、原稿がまったく進まない。おまけに御山はこのところの寒波で凍り付いている。今日はもう忘年会だ。
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ある大学教員の日常茶飯

礼状

2014年12月11日
この前の日曜日にS寺で拝見した資料について所見をまとめて礼状を添えて送った。これを作るのに今日の午前中までかかった。本当は昨日の昼には終わるつもりだったのだが、調べるうちに、報告書の表現が四転した。最初は、これはちょっと変ですね。次が、ちょっと変だけど、こうでしょう。その次が、これでいいんです。それがまた、こう思うけど、確かめる必要がありますね、に変わり、最後に、なお確かめる必要はあるけれど、これでよいと思います、に落ち着いた。

実に勉強になった。時間と労力をかけて自分で調べたことだけが、血肉になる。

それから、礼状とか報告は遅くなったら意味がない。この点、これまでの私には欠ける処が多々あった。いや、それどころか、欠礼が大半だった。今からでも遅くないと思うから、悔い改めることにする。

それにしても、S寺訪問はよかった。私のベースは飽くまで文献学だが、だからこそ身体を動かす必要がある。地図を見て想像しているうちは、そこが平べったい書き割りのようにしか感じられないが、一度現場を踏んでおくと、次からはその場所とそこで起こった出来事が立体的に想像できるようになるものだ。
ある大学教員の日常茶飯

高野山大学公開講座 in 秋葉原

2014年12月08日
12月6日(土)
午後1時から東京秋葉原の秋葉原コンベンションホールで開かれた「高野山大学公開講座 永田良一寄付講座 密教特別講演」で司会を務めた。講演は次の三先生。
池口恵観「密教の呪術―実践と応用―」
永田良一「高野山大学大学院通信教育を修了して」
保坂 隆「高野山大学大学院通信教育を学んで」

池口先生については説明を要しないだろう。90分間熱弁を振るわれ、聴いているこちらも元気が湧いてくる気がした。
永田先生は新日本科学代表取締役社長、保坂先生は聖路加国際病院精神腫瘍科部長。お二人とも高野山大学大学院通信教育課程を修了された密教学修士であり、そういう角度からお話をしていただいた。

この日は東陽町のホテルに泊まった。翌日のスケジュールを考えれば、上野か浅草が好都合だったのだが、前日になって漸く予約を入れる不手際で、ここ位しか空いていなかったのだ。東陽町駅前の居酒屋で夕食を兼ねて一杯やってからチェックインした。

翌日の午前中は小岩のS寺に伺い、T先生の資料を見せてもらう。T先生のお嬢様とご住職がとても優しく迎えて下さった。11時半頃、退散しようとしたら、「お昼用意してありますから」。恐縮の限りであった。毎度同じようなことばかり言っているが、「このご恩はご報告で返させて頂きます」。
お寺を辞し、京成小岩から電車に乗って郵政博物館のある押上に向かったが、途中で乗り換えを忘れて上野に着いてしまった。そこで今日は上野で過ごすことに覚悟を決める。目指すは東博の「日本国宝展」だが、この展覧会は今日が最終日である。昼過ぎにのこのこ行ったら大変な目に遭うだろう。今日は午後8時までやるという情報を得ていたから、急がないことにした。

まず不忍池の弁天様にお参りをしてから、ゆっくり東博方面に向かう。喫茶店に入りたかったが、どこも満員で行列ができている。しかたなく、まず東博入口横の休憩室で時間をつぶす。それからチケットを買って構内に入り、本館と東洋館の常設展を時間をかけて見て回った。その頃、国宝展が開かれている平成館は入場制限のため30分待たないと中にも入れない状況が続いていた。だが、本館と東洋館はほどよく空いていて実に快適であった。驚いたのは、特定の展示物を除いて、フラッシュを使わないことを条件に写真撮影がOKになっていたことである。これはいいことだ。これが全国の博物館に広まってゆくことを望みたい。

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*黄昏時の東博

上の写真のような時刻になってから東洋館を出て、平成館に行ったら、さすがに入場制限は解除されていた。音声ガイドを借り、竹下景子さんの声に導かれながら名品の数々を見て回った。ちょっと前までは音声ガイドなどには目もくれなかったが、最近はこういうのも悪くないと思うようになった。「いらち」の私も、少なくともナレーションが終わるまでは、その作品を見ていることになるからである。

朝から歩き回って大分足腰がくたびれていたので、適当に回ったあと図録を買って切り上げた。上野駅に行く途中、これから東博に向かう人々と随分すれ違った。そう、君たち、今から行くのが正解ですぞ。
ある大学教員の日常茶飯

今朝の高野山

2014年12月02日
11月2日(火)

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*苔と雪のグラデーション 国宝不動堂の屋根 今朝7時


昨日から気温がぐっと下がった。みんな「寒い、寒い」を連発している。
「寒い」と言われて、「寒い」と返すのも芸がないので、昨日は「いやまだ温いですよ」と答えていたが、今朝はさすがに「寒い」。最善の防寒対策は、早く寒さに慣れることだ。それに冬の高野山には独特の情緒がある。

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高野山大学フジキン小川修平記念講座講演会 宗教と科学の対話

2014年12月01日
11月29日(土)
午後1時より大阪市中央公会堂において挙行。今回も大ホールが満員の盛況ぶりだった。私にとってこれは参加自由の行事だが、山折哲雄先生にご講演をお願いするに当たって、私が連絡役を務めた。その手前もあって、行かない訳にはゆかない。講師の先生方とタイトルは次の通り。

山折哲雄「日本人の信仰心」
涌井雅之「景観から見た日本人の心」
松長有慶「神・人・世界 そして科学技術」

いずれも個性的で大変興味深い内容だった。何より松長先生のお元気さがすごかったし、山折先生については、こんな感じで話ができる老人になれたらいいなと思った。

講演会が終わってから、公会堂の地下の食堂で学長とOさんに陪席して名物のオムライスを食べた。二人は飲まれなかったが、私はビールを頂いた。こういう場合は遠慮しないことにしている。ちなみに、この建物は地下が迷路のようになっていて、山折先生を控え室に訪ねるのも一苦労だった。あちらこちらに標識が貼ってあるのも道理だが、これも含めて大正7年竣工の重要文化財の風格かと思う。

帰りの電車の中で山折先生の話について、つらつら考えた。「宮澤賢治と大災害」、大伴家持・・・そしてふと思った。「あの言葉」には言外の意味があったんじゃないかな、と。それが何かは、ちょっとここには書けない。

11月30日(日)
午前中、NHKで、仙台平野に押し寄せる津波を空撮したヘリコプター隊員たちの「あの日」を取材した番組を見た。言葉ではとても表現できない、あの映像を撮った人たちだ。日頃の訓練の賜物か、彼らが実に冷静に行動していることに驚いた。しかし、その瞬間瞬間に彼らも命を懸けていたのだ。そのことが、昨日の山折先生の話、さらに金曜日の晩に見た石巻大川小学校の遺族たちの話とないまぜになって、頭の中でぐるぐる回るような気がした。


研究ノート
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