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K-GURSシンポジウム「信仰が生み出す美」

2014年01月30日
25日(土)、13時より龍谷大学大宮学舎清和館でK-GURS公開シンポジウム「信仰が生み出す美-仏教・神道・キリスト教に見る宗教と芸術の多彩な交差-」が開かれた。4人の講師が仏教、神道、キリスト教の芸術を紹介する、なかなか贅沢な催しであった。講師と演題は次の通り。
眞鍋俊照(四国大学)「日本における密教の修法と仏像・仏画」
入澤崇(龍谷大学)「利他の芸術」
錦田剛志(島根県神社庁参事)「神社建築の様式と美の起源-神話から歴史へ-」
小原克博(同志社大学)「キリスト教美術の起源と展開-西洋と日本を視野に入れて-」

眞鍋先生は言わずと知れた密教美術の大家。短い時間でやっていただくのがもったいない内容だった。ちなみに去年7月の評議会で、眞鍋先生を是非に、と発言したのは私だ。
入澤先生は龍谷大学ミュージアムの館長。ガンダーラ出土の仏像の新解釈なども示され興味深かった。
錦田先生からは基本的な知識を授けていただき、今度から神社建築を見る目が少し変わる気がした。
小原先生の話は、いくら何でもキリスト教美術の歴史を30分でどうやって話すのだろうと思っていたが、結構まとまっていたから、さすがのものである。

終わって、受付で配られていた特別割引券を持って龍大ミュージアムに行ったら、入澤先生にばったり出会い、おかげで図録をただでもらえた。

この催しが終わると、今年度のK-GURSの活動も3月の評議員会を残すのみである。そろそろ評議員を別の人に替わってほしいのだが。

注目
来週の月曜日か火曜日、高野山大学のHPでとても重要な告知があります。実はそれは…クックック…言いたいが、まだ言えない。


ある大学教員の日常茶飯

融道男『祖父 融道玄の生涯』

2014年01月28日
昨夜は夜空の星々がとてもきれいだった。その分、今朝の冷え込みは一段と厳しかった。普段なら、なかなか布団を出られないはずだが、今日は7時に飛び起きて学校に向かった。夜中の間にAさんから原稿督促のメールが来ていた。

原稿が遅うてかんわ。来月の第一週までに出してチョ。待ってるだに。

お、おい、殺す気かよ。もっとも、一年前から、あーだ、こーだ言って先延ばしにしてきたつけが回ったと考えれば、私にも非はある。研究室から返辞を出して、何とかちょっと時間を増やしてもらった。今書いている新刊紹介ができあがったら、一転がんばらせてもらおう。

この新刊紹介は次の本のものだ。

融道男『祖父 融道玄の生涯』勁草書房制作部、2013年

融道玄(とおる・どうげん)は明治から大正にかけての一時期、高野山大学の教授を務めていた真言僧である。真言宗最初の学士とされ、新仏教運動に参加し、ケヤードの『宗教進化論』を翻訳したことでも知られている。当時の真言宗きっての知識人と言ってよい。
著者道男氏は道玄師の御令孫で、お仕事のかたわら、立派な本をまとめられた。従来、道玄師については、専ら新仏教運動との関わりの中で扱われるのみで、その経歴もはっきりしていなかった。今回の出版はその欠を埋めて余りあるものである。私は去年の11月に荻窪で融さんご兄弟にお目に掛かっていろいろ教えて頂いたので、年末の出版を楽しみにしていた。最近この本を多めに送って頂いたので、大学内外に配り歩いている。
こういう記録はしっかりした形で残すべきものだ。




読書案内

出てこいニミッツ、マッカーサー

2014年01月26日
昨年のことになるが、ネットの無料動画サイトで映画「日輪の遺産」を見ていて、女学生たちが歌っている歌に驚いた。

♪出てこいニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし♪

この歌のこの一節、子どもの頃、母から何回聞かされたかわからない。ネットで調べてみると「比島決戦の歌」とある。ついでにいうと、「出てこい」は、正確には「いざ来い」とのこと。

母は戦時中勤労動員で、同級生たちといっしょに群馬県前橋市の軍需工場で働いていたことがある。そういう時にみんなで歌ったのだろう。まだ17,18歳の頃で、母のことだから、元気のいい軍国少女だったに違いない。

それが何年経っても耳の底に残っていたのだろう。ある意味懐かしい思い出だったと思われるが、これを歌うと必ず付け加えるのは次の言葉だった。

勝つと信じて少しも疑わなかった。教育ほど恐ろしいものはない。

戦後、母は教員になった。その原点はこういう体験にあったのだろうと思う。
ある大学教員の日常茶飯

「清洲会議」

2014年01月22日
映画がおもしろかったので、三谷幸喜の原作本(幻冬舎文庫)で復習しておいた。普通はここまではしないのだが、ラストシーンが気になったからだ。
秀吉と寧が土下座して、馬上の勝家らを見送るシーンである。そこには勝家与力の利家も当然いるし、映画では滝川一益も確かいたと思う。この時、役所広司の勝家、一瞬、片頬だけ笑うと、すぐに厳しい顔に戻り、「大儀である」と言い残して去ってゆく。
これはこれとして理解できる。原作本も同じである。ただこれだと勝家が秀吉にやられっぱなしということになり、少々可哀想ではないか。そこで別のラストシーンを考えてみた。

勝家と一益に馬上で高笑いさせる。
地の底から湧いてくるような不気味な哄笑である。
思えば、会議は勝家にとっては無理な「戦」だった。秀吉の術中にはまったのも仕方がないことだ(歴史的事実というよりこの物語の設定として)。そういう無理をして滑稽な役回りを演じさせられた自分も含めて、今の状況を笑い飛ばすのである。この哄笑には、本物の戦では負けない、今度会ったら一泡吹かせてくれる、という気概も含まれている。それが一瞬、秀吉をぎくりとさせる。

こんなんでどうでしょうか。

歴史は、それから一年も経たないうちに、秀吉によって、勝家が御市の方と共に北庄で亡ぼされてしまうことを教えてくれている。非情なものである。滅びゆく者たちに最後の栄光を。ちょっと甘いかな。

読書ノート

ブログ復帰

2014年01月13日
気が遠くなるほど長い時間をかけて、ようやく原稿が仕上がった。年末年始にブログの更新がほとんどできなかったのも、Aさんから出せと言われている原稿が出せないでいるのも、書かねばならない手紙が書けないでいるのも、いろいろな礼状が書けず不義理をため込んでいることも、事務に提出すべき書類が滞っていることも、さらに、新春吉例十二支考「午年祭り」に出られなかったのも、ついでながら、歯医者に行けないのも、MO病院の検査予約が取れないのも、み~んな、この原稿故のことである。

これから少しずつ社会復帰してゆこう。
ある大学教員の日常茶飯

謹賀新年

2014年01月04日
謹賀新年
皆様にとって、この一年がよい年でありますように。
新しい年を賑々しく始めたいところだが、原稿の締め切りが目の前に来ているので、それが終わってから本格始動したい。
ある大学教員の日常茶飯
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