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先週、今週

2013年06月23日
21日(金)午後6時半から梅田のハービスプラザで開かれた「アジアの会」で「チベットの歴史と文化」と題して話をさせてもらった。主催は公益財団法人日本ユースリーダー協会大阪支部である。
台風の接近が心配されたが、この日の昼には温帯低気圧に変わり、夕方までには雨も収まった。出席者は30人。それぞれの業界で活躍されてきた方ばかりのようである。ありがたいことに、みなさん熱心に耳を傾けてくださった。

つくづく思ったのは、戦後日本の発展を支えてきたのはこういう人たちなのだということである。これは大阪倶楽部の木曜会に出ても感じることだ。

H島さんを始めとして事務局の方々にはすっかりお世話になりました。

22日(土)龍谷大学大宮学舎清風館で開かれたK-GURS「仏教と一神教研究会」に出席した。テーマは「宗教多元時代における宗教間教育」。講師は、武田龍精先生(龍谷大学名誉教授)とデーヴィッド松本先生(米国仏教大学院教授)だった。やむをえず30分ほど遅れたが、両先生のお話は実に参考になった。

その後、JR京都駅の伊勢丹5Fブランディーズクラブでハワイ大学のモール先生と落ち合い、9月のシンポジウムの打ち合わせをした。

26日から来月1日まで第二回中国密教国際シンポジウムに参加するために中国に出かける。場所は浙江省紹興県会稽山の龍華寺。高野山大学関係の参加者は5人。チケットの手配や先方との連絡はみなイヌイさんがやってくれたのでありがたかった。

発表原稿はとっくに送ってあるので何のプレッシャーもない。あとは紹興酒を飲み過ぎないように、また鶏に近づかないように注意するだけだ。




ある大学教員の日常茶飯

アジャ・リンポチェ来山

2013年06月17日
昨日の日曜日は珍しく早起きして御山に戻り、来山したアジャ・リンポチェのご一行にお目通りした。

アジャ・リンポチェ(アジャ・ホトクト)は青海のクンブム寺最大の化身ラマで、ツォンカパの父ルンブンゲの生まれ変わりとされる。清の時代には、北京の雍和宮に仏倉と呼ばれるオフィスを持つ駐京活仏の一人であった。1901年には(5世が)大谷派の招きで来日している。

当代のアジャ・リンポチェ8世は青海モンゴル族の出身で、今はアメリカを中心に活動している。

私は、昼食の後の奥の院参拝と大伽藍見学に同行したが、奥の院ではリンポチェ自ら「弥勒石」の持ち上げに興じ、伽藍では力を合わせて六角経蔵回しに挑むといった具合で、まったく屈託のなさそうな人々だった。

高野山大学の力

河口慧海と高村光雲

2013年06月12日
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日曜日の午後、タ・タイチョーのお宅に伺い、おささを少々いただきながら「学術的対話」にいそしんだ。最近はこういう時間がしみじみ貴重に思えるねえ。

月曜日の午後は大阪梅田に出張した。その前に時間があったので、北旅籠町の清学院に行って、「小さな特別展示 河口慧海と高村光雲」を見た。展示の目玉は、慧海がインドから持ち帰った白檀の香木を使って高村光雲が彫った「荒作大黒天」(あらづくりだいこくてん)である。

所有者の北村哲朗氏は新潟県赤倉温泉の出身で、旅館を経営していたお祖父様が慧海に依頼して制作されたのがこの像らしい。北村さんは今年1月の堺市博物館での講演会に来られた。これが縁になって今回の展示が実現したと聞いている。

赤倉温泉は慧海のお気に入りの保養地のひとつで、毎年のように訪れていた時期がある。滞在先は、ある時期から、画家松林桂月が提供する不知庵という小さな庵だった。赤倉には、岡倉天心の別荘「赤倉山荘」もあった。天心が没したのはここだ。

赤倉はいつか訪れてみたい場所である。

慧海は光雲と親交があった。光雲が慧海のために作った彫刻はあちらこちらに残っている。光雲は、自分が作った原型を基に弟子たちに頒布用の彫刻を作らせ、慧海の活動資金調達を助けていた。

二人がどのようなきっかけで知り合ったかははっきりしない。かつて二人がそれぞれに関わりを持った東京本所の五百羅漢(今は目黒)の縁か、それとも共通の知人である東京美術学校の校長正木直彦が二人を結びつけてくれたのか。光雲は千駄木にいたらしいから、根津に長く住んだ慧海とは家も存外近かったと思われる。この辺り、また調べてみたいと思っている。





研究ノート

石をどける

2013年06月06日
石をひとつどけたら、再び小川がせんせんと流れはじめた。ここ3週間の停滞はこの1個の石のせいだったのだ。実はそのことは自分でも分かっていた。分かっていながら放置していたのは、それがめちゃめちゃ重そうで、手を着けるどころか、見るのもいやだったからである。そうやって逃げているうちに、その石は私の中でますます大きく、ますます重くなってきた。

昨日に至り、このままでは自分がどうにかなってしまうと思い、最大級の勇気を奮い起こして、石に手をかけたら、

ごろん。

何と、簡単に裏返ったではないか。

教訓:火事と仕事は初期消火(消化)が何より大切。決して放置したり抱え込んだりしてはならない。

ある大学教員の日常茶飯

本との出会い

2013年06月03日
昨日は夕方から気持ちが少し荒れたが、今日は朝から精進して5枚の原稿を仕上げた。

あとひとつだけ、どうしても気が進まない仕事が残っている。

土曜日の午後、久しぶりで難波のジュンク堂に本を見に行った。買ったのは、嶋浩一郎『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』(祥伝社新書)。これ、ものすごく早く読める。

「本との出会いは一期一会だと思え」→確かにそうだ。私は、数年前、インドのシムラーの本屋で買い損ねた本のことを今でも悔しく思っている。故に「迷ったら買え」なのだが、早速買い損ねてしまったものに、『七日間で突然頭がよくなる本』というのがある。「哲学者」が書いたもののようなので、ウチの「哲学者」Y脇氏にでも聞いてみよう。もっとも次に会うときまで覚えていられたらの話だが。「ネットだけに頼って生活していると、自分の知った情報が世の中のすべてであるかのように思えてきてしまう危険があります」→最近こういう危険を肌で感じている。対策は、新聞をしっかり読むこと。






ある大学教員の日常茶飯
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