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堺市博物館での講演会

2013年01月27日
1月26日(土)

午後2時より人文研研究会。去年の11月以来、2ヵ月ぶりである。発表者と発表題目は次の通り。

外川昌彦先生(広島大学)「英領インドにおける岡倉天心とインド知識人-タゴールとヴィヴェーカーナンダとの交流から」
船山徹先生(京都大学)「漢訳仏典の中国化-漢訳と偽経を介在するものとしての「編集経典」とその事例-」

ともにとてもおもしろい発表でたっぷり刺激を受けた。

1月27日(日)

午後1時半から堺市博物館で講演会「河口慧海と肥下徳十郎-新発見の資料から-」に臨む。新聞が割合に大きく取り上げてくれたこともあって、堺市だけでなく、神戸、奈良、大阪からも聴きに来てくださった。特に肥下徳十郎さんの親族、親せき筋の人が大勢来て下さったことは感激だった。

またT波先生がわざわざお越し下さったのには恐縮した。

知り合いもかなり来てくれたが、いちいち挨拶している時間がなかったのが心残りだった。

ともあれ、肥下家資料の研究もこのイベントで一区切り付いた。しかし研究者としては、これは終わりではなく、出発点なのである。以前、慧海さんのヒマラヤ・チベット日記が発見された時も、記者発表をしたり、シンポジウムを開いたりしたのは最初のうちで、そのあとに長く地味な作業が待っていた。高山寺所蔵の南方熊楠書簡の場合も同じであった。こういうのを喜びとするのが研究者なので、これは仕方がないことだ。

今回どうするかも考えてはいるが、着手するのは目前のことを片付けたあとだ。







ある大学教員の日常茶飯

灯生じて闇滅し・・・

2013年01月22日
私は夜明け前の時間に弱い。特に今はいろんなものが毎日秒読みのようになっているから、布団の中でものすごく追い詰められた気分になる。夜明け前なんだから寝てりゃいいようなものだが、こういう時はそうできないから困るのである。ところが、日の光を見たとたんに、この気持ちがころっと裏返る。「まいったなー、忙しくてどーしようもないよ」から「やることがたくさんあるのはありがたいことだ。今日も一日がんばらなければ」に切り替わるまでものの1秒もかからない。まさに、熊楠お気に入りの『大般涅槃経』の一節、

灯生じて闇滅し、灯滅して闇生ずるが如し

である。先日、南方熊楠顕彰館で、「田辺抜書」の写真版から、この箇所を見つけ出すことができて、ちょっと嬉しかった。
ある大学教員の日常茶飯

大鵬さん

2013年01月20日
卵焼きは好きだったが、巨人と大鵬はそうでもなかった。その理由は彼らが憎らしいほど強かったからである。大鵬の場合、ライバルの柏戸が郷土出身力士であったという事情もある。柏鵬時代とはいいながら、成績では大鵬の圧勝だった。

若い頃にリアルタイムで見たことの影響は大きい。私の中では今も、プロ野球では王と長嶋が最高の打者であり、大相撲では大鵬が最強の力士である。だから、どんな強打者・好打者が現れても王・長嶋には及ばないと思い、どんな大横綱が出現してもまさか大鵬ほど強くはあるまいと考える癖が私にはある。想えば、彼らは戦後日本の一番いい時代を象徴するスターたちだった。

大鵬さんのご冥福を祈りたい。


ある大学教員の日常茶飯

河口慧海と肥下徳十郎

2013年01月17日
画像データが送られてきたので、まだ刷り上がっていないようだけれど、いち早く公開してしまう。

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「河口慧海と肥下徳十郎ー堺の友への想いー」のちらしである。
慧海の日記帳の表紙を使ったデザインは、なかなかのセンスではないか。

データを再録する。展示は1月23日(水)から2月17日(日)まで堺市博物館(堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内)にて 期間中の休館日は1月28日(月)と2月4日(月)

関連講演会 1月27日(日)午後1時30分~3時
「河口慧海と肥下徳十郎~新たに発見された資料から~」
講師:奥山直司
堺市博物館地階視聴覚室(当日先着100名、事前申し込み不要)

展示はコーナー展示で、こじんまりしたものになるが、2016年の慧海生誕150年への弾みをつけてくれるとありがたい。
研究ノート

わが心遊ぶはいづこ

2013年01月14日
当然、高野も大雪である。

せめて特急「こうや号」で快適に行こうとしたら、紀伊神谷と極楽橋の間で倒木があって、特急は橋本どまり。橋本から高野下まで折り返し運転の鈍行で行き、そこから代行運転のタクシーに4人で分乗してようやく御山にたどり着いた。
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*竹が道路に倒れかかって交通の障害になっている。

一昨日、田辺の南方熊楠顕彰館で午後6時半から学術部の会議があった。珍しく早めに行って「田辺抜書」を調べ、それでもまだ時間があるので定宿のパークサイド・ホテルにチェックインしてしばらく休んだ。抜書を調べたのは、龍谷大学ORC研究叢書に投稿した論文の裏を取るためで、執筆と確認があとさき逆になったが、収穫はあった。

昨日は午後1時半から顕彰館で「新春吉例 十二支考輪読」が開かれた。これは去年から始まった新春イベントで、今年の担当は年男の志村真幸氏(京都外大非常勤講師)、お題は「十二支考巳年 ヘビも長いが、熊楠の話も長いゾ」だった。

講演は1時間ほどで奇跡的に終わり、そのあと質疑応答になったが、フロアーからいろいろな意見が出て、なかなかよかった。志村氏の意図は、熊楠を当時の世界的な学問研究の潮流の中に置いて客観的に評価すべきだというもので、彼の描く熊楠像は、聴衆の多くが「期待する」ものとはちょっとずれていたかもしれないが、そこは何でも自由に討論・発表できるのが顕彰館のよさである。

会のあと展示されていた「マムシ酒」の試飲が行われたが、私は運転があるので涙を飲んだ。M居先生を堺東まで送って7時に帰宅した。

今日の午前中は冷たい雨の降る中、堺市博物館に行き、借りだされている肥下家資料を閲覧して、消印など写真では見えにくいものの確認を行った。

博物館へは、昨日からの余韻で、「わが心遊ぶはいづこカイラーサ 山また山の奥にありけり」(淡島寒月)などと口ずさみながら車を走らせた。ラジオをつけると、おもちゃコレクターとして有名な北原照久氏が出ている。寒月もおもちゃのコレクションで知られた。こういうのをシンクロニシティと言う。とここまではよかったのだが、博物館に着いた途端に、資料の入ったザックを置き忘れてきたことに気付き、家まで取りに帰るはめとなった。最近はこういうことが多い。少なくとも運転中は心をよそに遊ばせることは止そう。

N村さんからもらったコピーで、この間の記者発表は各新聞社ともかなり大きく報道してくれたことを確認した。






ある大学教員の日常茶飯

肥下家資料の記者発表

2013年01月09日
今日は午後2時から堺市役所で肥下家資料に関する記者発表があった。その後しばらくして、私のスマホにも新聞各社から電話がかかり始め、夜まで対応に追われた。N村さんとは、ちょっとでも興味を持ってもらったらいいね、とメールで話していたのに、反応は予想以上である。

新聞記事になるとすれば明日だが、ネットではもうニュースが流れている:「河口慧海の日記帳発見 鍵潜ませ日本へ送付」

肥下家資料の中心は慧海の書簡なのだが、どうしても日記帳に注目が集まるのはやむを得ない。どんなものかはネットのニュースをご覧あれ。
ある大学教員の日常茶飯

ウォーカーズハイ

2013年01月07日
年末年始はウォーキングに励んだ。最初はコース探索を兼ねて、毎日3時間近くがむしゃらに歩いてみた。が、途中から泉ヶ丘緑道を利用するのがよいことに気付いた。泉北一帯は、いくつかの丘陵を泉北高速鉄道が南北に貫いている。各丘陵には、北から泉ヶ丘、栂美木多、光明池、和泉中央の各駅があり、それを中心に町ができている。もとは雑木林にため池が点々としていたところを切り開いて広大な住宅地が造成された。この住宅地を縁取るようにして残された緑地をつないで遊歩道が作られている。

泉ヶ丘緑道はその一つで、一周8キロとも10キロともいわれる。これからはせいぜい利用するつもりだ。困るのは高野山にいる時である。高野山の外輪山には女人道と呼ばれる結界をかねた尾根道があるが、これからの季節、うっかり踏み込めば遭難しかねない。結局奥之院への道を参詣を兼ねて往来することになりそうだ。


ある大学教員の日常茶飯

謹賀新年

2013年01月05日
4日午後5時、タイフーン隊長のお宅にご年始に伺い、名大大学院のM田氏ともども、おそくまで御酒をいただいた。

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これは新潟の銘酒「八海山」の熱燗に西ネパール産の冬虫夏草(当然乾燥品、生じゃない)を2匹泳がせた図。何回かおかわりした後、ぱりぱり食べたら、それ1匹時価2000ルピーと言われてびっくり。最近はよほど品薄らしい。貴重品を何てことしたのか、ううっ、と反省していたら、隊長がやさしくもう一匹入れてくれた。

これだけでも相当元気になれた気がする。

今年来た年賀状には、気のせいか、「お体を大切に」の添え書きが目立つ。
う~む。しからばこれを今年の目標にしよう。
ある大学教員の日常茶飯
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