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資料の撮影

2012年07月31日
昨日は早起きして熱暑の下界におりた。9時半に堺市役所の1階で落ち合い、車でM市に向かう。この間の資料調査の続きで、今日は撮影だ。

Hさん宅に迎え入れられ、案内された部屋で作業にかかる。私の仕事は調書の作成だ。お昼は近くのカッパ寿司で取り、1時から再開。作業は思った以上に順調に進み、4時半に終了した。

ロンドンオリンピックでの日本選手の結果は悲喜こもごものようだが、ぼちぼちメダリストも出ているので、よしとしなければならないのだろう。

「銀メダルは敗者、銅メダルは勝者」という。銀メダリストは金メダルを争って負けた人、銅メダリストは、すれすれでメダルに手が届いたという意味で勝った人なのである。

2日ほど前、女子柔道の52キロ級の3位決定戦を視ていて痛感した。文字通り死力をふりしぼった対戦で、勝った方は喜びを爆発させていた。そこに日本選手はいなかったが十分楽しめた。

そこで思うのは、もうそろそろ「お家芸」という言葉は止めた方がいいのではないかということである。これは、日本柔道界を牛耳っているごついおじさんたち(どうしてもそういうイメージがある)に対する皮肉ではない。柔道はアジア発のスポーツとしては、今のところ最も成功していると言ってよいだろう。そうなるにあたっては、日本柔道界も相当な努力で国際化を推進してきたはずである。それなのに、いつまでも、日本チャンピオンは世界のナンバーワンだ、あるいはそうでなければならない、という意識では、現実とずれている気がしてならない。そういういことを一番よくわかっているのは、選手たち自身だろうけれど。

8月6日からチベットに調査にゆく。5人のグループで、今回は中央チベットのツァン地方の諸寺を調査する。帰国は19日の予定。

ある大学教員の日常茶飯

へうげもの

2012年07月27日
古田織部が漫画の主人公!? これだけでインパクト十分だ。わび茶の世界まで漫画にしてしまうとは、やっぱり日本のマンガはすごい。

2か月ほど前の夜中にテレビを点けると、妙なアニメをやっている。設定はどう見ても本能寺の変なのに、まだドンパチが始まらないうちに信長が得体のしれない奴に殺されてしまった。「へうげもの」というタイトルを覚えて、翌朝、検索をかけてみて、それが同題の漫画をアニメ化したものであることを知った。

先日、京都駅前の酒場で飲んでいてそれを思い出し、梅ちゃんに話すと、お茶をやっているだけあって、とーぜんのごとく、既刊全巻を所持していた。今それを借りて読んでいる。
ある大学教員の日常茶飯

KGURS大学院生発表会

2012年07月23日
21日(土)午後3時より佛教大学でK-GURSの大学院生発表会があった。これは各大学院の代表者が自分の研究について発表するもので、若手研鑽のよい機会になっている。

高野山大学大学院からは、梅原豪一君が「霊宝館設立を中心とする高野山文化財保存史の研究―高野山興隆会について―」の題で発表した。

この発表に対しては、あとで会場からたくさんのコメントや質問が出た。これはとてもよいことである。

会が終わったのは6時半頃。バスでJR京都駅に出て駅前の居酒屋で打ち上げた。

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高野山大学の力

実家に帰る

2012年07月17日
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問題です。写真の看板に書いてある「西蔵王公園」の「西蔵王」は何と読むでしょうか。答えはこのブログの最後に。

父の23回忌の法要のため、15、16の両日、山形の実家に帰った。16日は朝から猛暑の気配。母、兄一家と近くの菩提寺に行く。弟は仕事で来れなかった。私の家族も今回は。叔父(母の弟)夫婦が寺で待っていた。

法要が終わってから、西蔵王高原に行き、蕎麦を食べた。山形は故・杉浦日向子氏とソ連(ソバ好き連)もご推奨の蕎麦どころである。

帰宅してしばらく休んだ後、東京にとんぼ返りする甥と一緒に、兄の車で山形駅まで送ってもらい、駅中のホテルのロビーで1時間ほど仕事をしてから空港行きのジャンボタクシーに乗った。

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*青インクを流したような雲と山。山形の夏の美しさは格別だ。真正面奥に見えるぎざぎざの峯の一つが雁戸(がんど)山。

大阪の灯が見えたのは午後7時10分ごろである。騒音問題があるから呑気なことばかり言ってはおられないが、私は、伊丹空港の、大阪のど真ん中に降りてゆくような感じは悪くないと思っている。上空から「川はいくつもこの街流れ」「大阪は今日も活気にあふれ」ているのがよく見える。




クイズの答え:1「にしざおう」→ピンポ~ン、あなたな立派な山形通です。
 2「ちべっとおう」→ピンポ~ン、あなたは立派なビョーキです。



ある大学教員の日常茶飯

生涯学習講座2012

2012年07月10日
運転免許証の更新のため光明池の運転免許センターに行く。私は無事故・無違反の優秀運転者なので講習は30分で終了。次の更新は5年後だ。

「三国志」は赤壁の戦いが佳境。この戦いの後、三国による荊州争奪戦の中で関羽は斬られ、張飛も謀殺され、劉備は白帝城に病むことになる。残るはクライマックスの「星落つ秋風五丈原」…三国志がおもしろいのは赤壁までかもしれない。今日更新の「苦肉の策」では、曹操が酒に酔って朗々と詩を吟ずる。実によい場面である。曹操は詩人でもあった。この人物を単なる権謀家としか見ないと、彼がなぜあれだけ権力があったかが分からなくなる。軍略・政略にすぐれ、先を読む力があったのはもちろんだが、人心掌握術に長じ、部下に対しては厳格であると同時に結構人情味もあるという魅力的な人物であったに違いない。このドラマはそういう点がよく描けていると思う。

すっかり終わったわけではないが、昨日仕事に大きな区切りがついた。何だかとても長~い旅を終えた気分である。もう少し具体的に言えば、2500年かけてアジアをすみずみまで歩き回ったような感じ。仕事の内容からくるものだが、これについて報告できるのは秋以降になる。

さて、今週の土曜日に難波でイベントがある。高野山大学HPの「生涯学習講座」にも出ているが、念のためここにも書いておこう。

高野山大学 生涯学習講座

2012年7月14日 (土)

真言僧初の世界一周―土宜法龍(どぎほうりゅう)の事績―

奥山 直司

◆時  間  14:00~16:00 (受付開始 13:30~)

◆場  所  なんばパークス7Fパークスホール

南海電鉄「難波駅」直結、地下鉄御堂筋線「なんば駅」徒歩約3分

◆受講料  無料

◆お申込み方法についてはHP参照してください。

これは去年もやらせてもらったので、今年は免除されると思っていたのだけれど…



ある大学教員の日常茶飯

能海寛研究会2012

2012年07月09日
忙しさもここに極まったという感じである。

土曜日、昼から新幹線で広島に向かった。島根県浜田市波佐で開かれる能海寛研究会に参加するためである。研究会は日曜日だが、午前中から参加するには、どうしても前泊が必要なのだ。3時、広島駅の新幹線口近くのビジネスホテルにチェックイン。本来ならば、2年前には果たせなかった呉の戦艦大和ミュージアムの見学にでかけたいところだが、仕事が詰まっているので断念し、ホテルの部屋にこもらざるをえなかった。といってもやはり、それほど能率が上がるわけではない…
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*広島駅構内の名店街にある「みっちゃん」のお好み焼き。

夕方、早めに食事をとろうと、ホテルのカウンターで適当なお店を尋ねたら、「お好み焼きですか」と聞き返された。広島を訪れた者全員が広島お好み焼きを目指しているわけでもあるまいに、と思いながら、素直に「はい」と答えると、この近くにも店があるし、駅の構内にもあると教えてくれた。

翌朝8時、駅前でN井先生の車に拾ってもらって波佐に向かう。

波佐は、現在は浜田市のエリアに入っているが、もとは石見国那賀郡の一部で、中国山地西部、広島県境に近い緑豊かな山間の村である。河口慧海と同時代にチベット探検を試みて帰らぬ人となった能海寛(のうみ・ゆたか)は、明治元年にこの村にある真宗大谷派浄蓮寺に生まれた。能海寛研究会は、平成7年に地元の有志を中心に結成されて以来、能海の顕彰と研究を続け、機関誌『石峯』を発行し、「能海寛著作集」を刊行するなど数々の実績をあげてきた。

従来私はこの研究会とは最小限のお付き合いですませていたのだが、2年前にどういう理由か副会長に推挙されてしまい、本腰を入れざるを得なくなった。

総会では「能海寛学術研究センター」の企画書案が説明された。実は私は、この春から、S田さんに今秋の移動学習会の企画実行を迫られていた。事務局案では高野山で1泊であったが、私は前々から田辺の南方熊楠顕彰館の見学を推していた。研究会がもう一段成長するためには、能海寛関係資料の保存と展示、研究と顕彰・学習のための専用施設が必要だと考えていたからだ。一足飛びの実現は無理にしても、顕彰館を見ることは、面々にとって大いに刺激と参考になる、と。

ただこの忙しさである。11月ごろに1泊2日の案内がはたして可能だろうか、それが問題だった。だが、「能海寛学術研究センター」の企画書案を見て、私も覚悟を決めざるを得なかった。

研究発表と講演は次の通り。ほかの人の話はそれぞれにとても参考になった。

岡崎秀紀(能海寛研究会長)「河口慧海の西蔵行と『明教新誌』社説について」
高本康子(北大スラブ研究センター)「戦時下の『能海寛』」
奥山直司「能海寛の周辺―明治セイロン留学生たち」

記念講演
井上治(島根県立大学)「青海におけるダライ・ラマ3世とアルタンの会見―モンゴル人がチベット仏教信仰を深め たきっかけの諸事情」

会場のときわ会館を出たのが4時半頃、車中、「同乗者」一名と掛け合い漫才を楽しむうちに広島駅に到着。N井先生からの夕食のお誘いは、丁重にお断りして、新幹線に乗った。
ある大学教員の日常茶飯

6月30日から7月3日

2012年07月03日
JR京都裏のビジネスホテルの一室で目が覚めた。横になったまましばし反省したが、気を取り直し、こう自分に言い聞かせた。

 過去は変えることができない。未来には手が届かない。今この時をせいいっぱい生きるしかない。

というわけで、ここ数日の動き。

6月30日(土)15:00より人文研公募研究プロジェクト(奥山班)研究会。

発表:阿満道尋氏(アラスカ大学准教授)「第二次世界大戦前の北アメリカにおける日本仏教の近代的発展」

*この発表は、日本の近代仏教がハワイ・北アメリカでどのように変容したかを、浄土真宗を例に、日系エスニシティの形成と日本仏教の近代化を通して考察したもの。なかなか刺激的で得るものがあった。終わってから山下さんを誘い、「おむらや」で一杯やって阿満先生の労をねぎらった。

7月1日(日)13:30より ウェスティ文芸講座「河口慧海―堺出身のチベット探検僧―」

*雨が降ったり止んだりのひどく蒸し暑い日だったが、なかなかの盛況だった。予定の1時間半を20分もオーバーしたのは深く反省しなければならないが、気持ちちよくしゃべらせてもらったし、質疑応答にもたくさん手が挙がった。タ・タイチョーが聞きに来てくれたので、帰りはお宅まで車で送った。

7月3日(火)お昼過ぎ、堺東でKさん、Nさんと落ち合い、車でM市に赴く。ある資料を個人宅で見せてもらうためだ。Kさんからメールで概要を知らせてもらった時から、いい資料だとは思っていたが、予想をはるかに上回る貴重なものだった。これについては今後の展開が楽しみである。

終わって堺東駅まで送ってもらい京都に向かう。京都グランヴィアホテルにJ先生を訪ねて、12月のイベントの打ち合わせを行うためだ。といっても、ほとんどの時間はお互いの研究の話と情報交換に費やされた。それからいっしょに地下鉄で四条河原町に行き、Mさん、Aさん、Fさんと合流して食事会。できれば早めに引き上げて高野山まで戻ろうと思っていたのだが、話のおもしろさについ時を過ごす。最後は、京都駅に近い、J先生ご推奨の有名店でラーメンを食べて締めた。タクシーの運転手さんに聞いたホテルに投宿。
研究ノート
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