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山籠もり2日目―マイルがたまる

2012年04月30日
近頃、JALに乗る機会がやたらに増えた。ただ乗っているだけではもったいないので、カードを作ってマイルを貯めることにした。そのカードができてきた。さっそく事後登録をやったら、たちまち8000マイルを超えた。ダラムサラ行きにJALを使ったこととご新規のボーナスポイントが大きいが、伊丹から東北に行くのは今のところJALが一番便利で、近頃何回か往来してちょこちょこ稼いだことも物を言っている。

インド行きにJALを使ったのはLさんの趣味である。おそらく日本のフラッグキャリアにだわりがあるのだろう。こちらはエア・インディアでもタイ航空でも中国の航空会社でも何でも構わないのである。

だから、というわけでは決してないのだが、近頃読んだ本に横山秀夫の『クライマーズ・ハイ』(文春文庫)がある。クライマー(登山家)がハイであるのはタ・タイチョーを見ればよくわかる、というのは冗談で、これは、岩壁を登っているうちにどんどん興奮度が増して止まらなくなるような生理現象を指すらしい。けれど、この作品の主題は登山ではなく(登山シーンも出てくるが)、1985年、日航ジャンボ機墜落事件に遭遇した群馬の地方新聞社の記者たちの白熱の日々である。

この作品はNHKでドラマ化され、さらに映画にもなった。私はテレビで見てえらい迫力に驚いた覚えがある。何しろ、キャストが佐藤浩市、杉浦直樹、岸辺一徳だよ。酒場で佐藤と岸辺が激突する場面は是非もう一度視たいものだ。誰かupしてくれないだろうか。映画は堤真一、山崎努、遠藤憲一でやっていてDVDも出ているが、私はNHKが見たいのだ。

原作を読んでみて、このリアルさはすごい、と改めて感心したが、読後にこの小説が著者の実体験に基づいていると知って納得した。
どんな事件に巡り合うかでその記者の一生のキャリアが決まる、らしい。

そこで想起されるのが、今回の震災である。地震の直後から、各地で多くの記者たちが、文字通り命がけの取材・報道活動を展開した。その報告の一つが、『河北新報の一番長い日』(文芸春秋社)である。この本、このあいだ仙台に行ったときにマサアキさんから一読を勧められたが、申し訳ないことに、まだ読んでいない。ただテレビドラマ化された番組は後半部に間に合った。

その中に渡部篤郎が演ずる武田という記者が出てくる。実在の人物だ。で、私の記憶に間違いなければ、彼は私が出た研究室の2年後輩なのである。これから会う機会があるとも思えないが、今後も「東北の復興」のために身体をはってほしいと念じている。
ある大学教員の日常茶飯

山籠もり1日目

2012年04月29日
どうしても片付けなければならない仕事があって、この連休は山籠もりすることにした。かなりやっかいな仕事で、それが遅れに遅れた理由であるのだが、気の弱い私は、二週間ほど前に受け取った催促メールに、つい「連休明け頃までにはなんとか」と返信してしまった。今思えば、5月いっぱいで、と言えばよかった。これで、ろくに進まなければ、今度こそ●書店に何と言われるか分からない。

5月6日には京都で『南方熊楠大事典』の合評会が開かれる。楽しみにしていたが、どうも雲行きが怪しくなってきた。残念だが、レポート提出で勘弁してもらう、ということになるかもしれない。

こんな状況なのに、今日の午前中は洗濯と部屋の掃除でつぶれてしまった。最近、曼荼羅荘で寝ていると目がかゆくなる。変だなと思って枕元をよく見ると、ほこりがつもっている。これはいよいよ限界だと悟った。

繰り返し言うが、私は掃除はきらいではない。ただ掃除よりも優先しなければならないことが多すぎるだけだ。

掃除中に581円拾った。失くしていた認印とカメラのメモリーも出てきた。掃除をするとやはりいいことがある。

ある大学教員の日常茶飯

御山もようやく

2012年04月23日
春の寒波や風雨で大分足踏みしたが、高野山内もようやく花盛りの季節を迎えた。

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*研究室の窓から西日の当たる図書館を望む。春は夕暮れ。

空もカラッと晴れ上がっている。昼が長くなって、夕方が心地よい。こんな時、屋内にばかりいるのはもったいないので、用事を作って外に出ることにした。『傷ついた日本人へ』をしかるべきところへ配る仕事だ。8か所回るのに1時間以上かかった。










ある大学教員の日常茶飯

「ろおじ」のバザーに行く

2012年04月22日
21日(土)、ゆえあって大阪地下鉄の堺筋線に乗っていて、「阪堺線はお乗換えです」のアナウンスを聞き、恵美須町で降りた。「ろおじ」のS賀さんに、今日からバザーをやるとの案内を受けていたからだ。ま、行ってみるか。

4時過ぎに「ろおじ」に着くと、バザーの品物はすでに残り少なになっていた。このバザー、阪堺線をLRV(ライトレール車輛)と結んで活性化させようという運動の応援のために企画されたものという。

私は、H田さんが育てたニホンサクラソウを3鉢とタイ製の象の縫い取りのある手さげを買った。手さげは先日紹介したネクタイとお揃いになる。なんでも再来月の密教研究会の学術大会にはK本君が乗り込んでくるらしい。象づくしで迎え撃たなければならない。

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*これはデリーのインディラ・ガンディー国際空港内にある親子象の置物。(ほーらほら、K本君、おしーりペンペン!)

S賀さんに聞いて面白かったのは、堺の旧市街地のあちらこちらから陶器が出土しているという話だ。堺の旧市街地は、江戸時代の町割りの上に乗っかっている。豪商の屋敷跡などからは、志野や唐津などが今でも結構出るのだそうだ。

堺は茶の湯の発祥地だ。そういう出土品の展示場ができれば、多少地味だが、愛好家には注目されよう。
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*南宗寺にある武野紹鴎の墓。茶釜をかたどっている。

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*同じく南宗寺にある三千家(表、裏、武者小路)の供養塔。中央が利休のそれ。



ある大学教員の日常茶飯

ダライ・ラマ法王14世から日本人へのメッセージ

2012年04月16日
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昨秋のダライ・ラマ法王の大阪・高野山大学での講演の一部が新潮新書の一冊になって発売された。

題して『傷ついた日本人へ』

巻末には、松長猊下の「ダライ・ラマ法王を迎えて」と藤田学長の「チベットと日本の絆」も収録されている。

本書は、5回、合計10数時間に及ぶ講演のエッセンスを新潮新書編集部がひとつにまとめ上げたものである。校正の段階で私もいくらか意見を述べさせてもらったが、全体としては非常によくまとまっていると思う。まさにプロの仕事である。

本書の底に流れているのは、東日本大震災で傷ついた日本人と苦しみを共にしようとする姿勢と温かな励ましのメッセージである。それは、本書の帯に次のように表現されている。

「かつての日本人は、第二次世界大戦という絶望の淵から立ち上がりました。空襲と原爆の焦土の灰から新しい国家を再び築いたのです。
 今回の震災でも、これをきっかけにさらに良い国づくりをする力があると信じています。日本人は、どんな困難にも打ち勝つことのできる、強い精神力と勤勉な国民性を持っているのです。」

先月ダラムサラでお目にかかった時も、法王はこれと同じことをおっしゃっていた。そして、そのような日本人の姿が私たちを勇気づけるのだ、とも。
この書を通じて、少しでも多くの日本人に法王さまのメッセージが届くことを願わずにはいられない。

自分が関わったことがこうやって形になるのはとても嬉しいことだが、これをバネにして次に向かわなければならない。

高野山大学の力

桜前線

2012年04月15日
高野の御山を桜前線が這い登っている。高野山を上り下りするうちに、何度も花見ができるという寸法だ。

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*京都の桜。

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*三田の桜。ボンネットにも映っている。

土曜日、三田(さんだ=兵庫県)のK寺に行った。学長の命で、ある会合に同席するためだ。上天気で桜が見ごろだった。会合の後、みんなで大阪に出て、淀屋橋の「美々卯」で懇親会。気持ちのいい一日に気持ちのいい人たちに会い、気持ちよく酔えた。
ある大学教員の日常茶飯

家康の墓

2012年04月13日
インドから戻った翌日、「ろおじ」に顔を出し、帰途、久しぶりに南宗寺に行ってみた。この寺は、堺の旧市街地の南部にある臨済宗の名刹で、例の沢庵和尚が大坂夏の陣で焼けたのを今の場所に復興したものである。武野紹鴎、千利休ら堺の茶人たちともゆかりが深い。

その境内に徳川家康の墓というものがある。全国各地にある東照宮(家康を祀る神社)とはわけが違う。実は家康は1615年の大坂夏の陣の際に後藤又兵衛の槍に刺されて死去し、密かにここに埋葬されたというのである。これが事実であるとすれば、翌年まで生きた家康は彼の影武者ということになる。

家康には影武者説がいろいろあり、これもその一つである。史実とは認めがたいと思われるが、とても気になるのは、負けた豊臣方にも花を持たせたいという気持ちがどこかで働くからだろう。

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*これがその墓。なかなか味がある。


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*こういう立派な石碑も立っている。葵の紋にご注目。
ある大学教員の日常茶飯

春なのに

2012年04月09日
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*堺の桜。4月7日、泉ヶ丘の堺市南図書館にて。窓枠がちょうどいいフレームになっている。

4日ほど前、妙な具合に腰を捻ってしまった。ぐきっ。歩けなくなったわけではないが、曲げると痛い。体重が急に増えたみたいで、動くのが億劫だ。身体における腰部の大切さを身にしみて感じる。そこでひたすら静養に努めた。やり方は簡単である。寝床でできるだけ長く横になっているだけ。最初は寝返りを打つのもままならなかったのが、今日辺りは大分軽くなり、歩き方に力強さが戻ってきた。

ところが困ったことに、すっかり怠け癖がついてしまった。寝床で時々スマホをチェックして、簡単な連絡はメールで、こみ入った話は電話で済ませてしまう。今日も寝床を這い出したのが10時過ぎ。いくら月曜日は授業がないからといって、これでは仕事にならない。

土曜日に車でテリ吉(今年の7月で12歳)を狂犬病の予防注射に連れて行った。会場はちょっと離れた中学校で、確か前にも行ったことがあるが、道がよく分からないので、スマホにナビをしてもらった。そして痛感した。このままではバカになると。なのに今日もまた名刺整理のアプリを試して、結構充実感を覚える私であった。


ある大学教員の日常茶飯

ショトン演劇祭

2012年04月08日
翌22日、幸い天気に恵まれた。これでキングフィッシャーも飛んでくれる。これが悪天候で飛ばないと、私たちはJALに乗り遅れてしまうのである。

昨夜、ホテル代や国内航空のチケット代の支払いのため、みんなが円やドルをまとめてルピーに換えようとしたら、町の両替屋がホテルまで持ってきたお金があまりにも少ない。問いただしたら、「10000円を1000円と見間違えていました。自分でも変だと思っていたのですが」。特に悪意はなかったようで、すぐに善処してくれたので、問題はきれいに収まった。同じヒマーチャルプラデーシュ州でも、奥地のカジャでは日本円が通用しなかった経験がある。よほど開けたマナーりーでもホテルでは日本円が替えられなかった。ダラムサラではさすがにそんなことはないが、やはり外国貨幣は米ドルがお馴染みのようである。

一昨日からショトン(ヨーグルト祭)が始まっている。ジャンバラ・ハウスをチェックアウトしてから、まずショトン演劇祭(デーガルツォクパ)を覗いた。この演劇祭、今日が三日目で、出し物はネパールの劇団が演ずる「ラシュン・ディメークンデン」であった。歌と踊りで構成されるチベットのオペラである。

壇上の特別席で、お茶やお菓子の接待を受けながらしばし観劇。

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*大天幕の下で行われる半分は野外劇。

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*生徒たちも賑やかに鑑賞中。

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*回れば回るほど拍手がもらえる。

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*王とその妃が登場。

小一時間ほどして会場を後にし、チベット図書館に寄って本を買い込んで山を下った。途中、デリーからの便が遅れているという情報が入って、ひやりとしたが、ゆっくり昼食を取って飛行場に行くと、飛行機は無事に到着していた。

デリー空港に着く。飛行機が遅れたため予定していた市内見物はキャンセルして、国際線に移動。早めにJALカウンターでチェックインすると、あとは軽い食事をとり、お土産を買って指定されたゲートに行くだけだった。

翌23日午前6時36分、成田空港着。気温摂氏6度。羽田までバスで移動する。伊丹に下りたのは、11時半であった。




フィールドワークの記録

TCV、チベット図書館、ノルブリンカ

2012年04月08日
朝食後、最初に訪れたのは、「チベット子ども村」(Tibetan Children's village=TCV)である。ここはチベット難民の孤児を含む子どもたちに教育を授ける機関で、インド国内にはダラムサラ以外に6つの分校があって、約15000人の子どもたちが学んでいるという。

ダライ・ラマ法王は、亡命以来、チベット難民の教育に力を入れてきた。チベット難民は、世界で最も成功した難民ともいわれるが、その理由の一つが教育水準の高さにあることは明白だ。今や多くのチベット難民の子弟が欧米の大学で学んでおり、その中から次の時代のリーダーたちも出てきている。

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*幼児クラスの授業を参観。お手本の上に豆を並べてチベット文字を学習している。

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*TCVの正門には『法句経』の、いわゆる「諸仏通誡偈」(しょぶつつうかいげ)が掲げられていた。河口慧海さんの和訳で紹介すれば、「すべてのあくをなすなかれ あらゆる善をつとむべし みずからこころをきよむるは これぞ諸仏のをしへなる」となる。イヌイさんといっしょにつくづく見て、「これだ、これだよね」と確認しあう。

次に行ったのは、「チベット図書館」(Library of Tibetan Works and Archives)である。ここではボン教の経典や古字(brda rnying pa)で書写された『八千頌般若経』などの貴重資料を見せてもらった。

続いて図書館のすぐそばにある亡命チベットの議会を見学。とても小さい「国会」だが、熱心な討議が続いていた。その模様はテレビでも中継されている。

そこから山を下り、「ノルブリンカ・インスティチュート」で昼食を取った。ノルブリンカ(宝石の苑)の名は、もちろんラサ郊外の法王の離宮ノルブリンカから来ている。オリジナルと同様、園内は花と緑が多くてすがすがしい。これを設計したのは他ならぬマリアさんだ。

食後、園内のお寺を拝観し、伝統工芸品の展示場やタンカの制作場を見学した。ここで売っている工芸品やチベットグッズは、どれもセンスがよく、作家性が感じられる。品質がよいかわりに値段は安くない。主に外国人向けなのだろう。私は写真立てとカードを買ったが、カードの主題は古き良きチベット。一目で気に入った。ニューヨークに留学してデザインを学んだチベット女性の作品という。こういうものは従来はなかったと感心する。今度御山に来たら、お目にかけよう。

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*タンカの工房。

園内には、居心地のよさそうな宿泊施設もある。今度来ることがあったら、こういうところに泊まるのも悪くない。




フィールドワークの記録
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