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トレイラーでストレス解消

2010年08月31日
トレイラー(予告編)が本編よりも感動的というのはよくあることである。

涙を流すのはストレス解消にいい。

そこでこの二つを組み合わせて、トレイラーを見て泣くストレス解消法というのはどうでしょう。

だいいちトレイラーは短いから助かる。

ここのところ使っているのは「壬生義士伝」(またはWhen the last sword is drawnで検索)。

夏川結衣の女房「だんなさま、ごくろうさんでござんした。私らのために、よーぐ働いて、ごくろうさんでござんした…」
さすがにこれだけで泣く人はいないだろう。しかし言われてみたいセリフではある。

中井貴一の吉村貫一郎「世の変動を聞くにつき、拙者、脱藩して尊皇攘夷に身を捧げ、幕府を守りとうござりやんす」
まだまだ。しかし尊皇攘夷のイデオロギーが与えたインパクトが凝縮したようないいセリフ。

中井「斉藤先生、お国はどちらで」
佐藤浩市の斉藤一「お国?」

佐藤「俺はいつ死んでもかまわん。斬ってくれる奴がいないから生きてるだけだ」
中井「わしは、ちがいます。死にたくないから人を斬ります」

三宅、中谷美紀、夏川ほか省略。

佐藤「お前が大嫌いだ。人が人を憎み恨みあって殺し合う世の中だというのに、お前はなぜおのれの腹すらも満たそうとはせんのじゃ」
この辺りから俄然盛り上がる。もちろんセリフと映像だけではなく、音楽の力が大きいことは言うまでもない。この映画の音楽は久石譲。

少年「大好きな父上をたった一人で三途の川渡すわけにはいかねのっす」
この辺りになるとかなりグスグス。

佐藤「お前は死んではならん。お前のようなやつは絶対に死んではならんのだ」
女の子「兄さーん」
佐藤「吉村、死ぬな!」

字幕「生きるために戦った男がいた」

以下略。

滂沱・・・

これを三回ほど繰り返すと、実にすっきりする。これで効かない人は、「隠し剣鬼の爪」のトレイラーを続けてどうぞ。

しかしさすがに飽きてきた。次は何にしようか。



ある大学教員の日常茶飯

高野山大学 乾仁志教授

2010年08月28日
昨日の深夜、イヌイさんがまだ研究室にいるようなので、ちょっかいを出しに行ったら、何と、ある院生の研究指導をしているではないか。彼がやってきたのを見かけたのは夕方だから、それからかれこれ6時間ばかり指導していたことになる。おそらく原稿の言葉遣い、翻訳の是非を一字一句時間をかけて検討していたのだろう。

なかなかできないことである。

そこで大分以前の会話。

私「K田君、功成り名遂げた大家の先生方は別にして、密教研究者の中であらゆるジャンルを綜合して一番平均値の高い人は誰だと思う?」
K田「さあ…(と考えるふりをしながら、これは何かの罠ではないかとこちらの出方をうかがう)…ひょっとして、先生、ということですか…?」
私「あ、オレ?いや、オレは別格だからこの際除く」
K田「(ほっとして)いやあ、いったい誰でしょうねえ」
私「イヌイさんだ」
K田「はあ?!…ということはつまりウチの?」
私「イヌイ先生だ。あらゆるジャンルの平均と言っただろ。個々の分野で突出した人間は他にもいるが、イヌイ先生は、もともと『金剛頂経』の原典研究で密教の本流を押さえている。曼荼羅にも詳しい。悉曇もできる。つまりインドからチベット・日本まで目配りがきいている。近現代にも関心が深い。最新の研究動向に敏感で、他人の研究を尊重し、公正な評価ができる。おまけに指導に熱心だ、とこうくるわけだ」
K田「なるほど…ひとは見かけによらないということですね」
私「そう!あの今戸焼きのタ○○のような風貌にだまされたはいけないのだ」





高野山大学の力

腕時計が見付かる

2010年08月25日
御山はすっかり秋めいている。

昨日、ミーたんが登ってきた。ちょうど昼時だったので、一緒に町へ出てそばを食べた。御山も今夏は暑い、とこぼしたら、下界はこんなものではない、とのこと。堺と高野山との二重生活もこういう場合は悪くない。

3日ばかり行方不明になっていた腕時計が、今朝方、曼荼羅荘の部屋で見付かった。最初はどうせすぐに出てくるさ、とたかをくくっていたが、日が経つにつれて、今回はだめかもと思い始めていた。ところが今朝、何気なく目をやった先に、時計がちょこねんとあるではないか。すぐに拾い上げ、思わず文字盤のガラスにキスをして、「もう二度とどこにも行かないでくれ」…

決して高いものではないが、長年身につけ、どこへ行くにもこれ一つで間に合わせてきたものだから、愛着はある。

手塚治虫先生の「ブッダ」がアニメ映画化されるという話は暫く前に聞いた。公開は来年だが、もうネット上にオフィシャル・サイトが立ち上がっている。できばえは見てのお楽しみだが、こういうのは、授業の「つかみ」に使えるからありがたい。この作品の感想は、いずれじっくり読み直してから書いてみたい。
ある大学教員の日常茶飯

9月の調査

2010年08月22日
このところ夕方になっても暑さが収まらず、ジトーッとぬるい汗をかいてしまう。集中力がなくなり、ついついネットを見て余計に能率を落とし、あげくの果てには、今日も暑かったからビールで水分補給しておこうなどという気になる。そんな悪循環を断ち切るために、今日は夕方曼荼羅荘に戻り、シャワーを浴び、夕食を取り、1時間あまり仮眠してから研究室に戻った。

来月12日からインドのスピティ地方に調査に出かける。ヒマーチャル・プラデーシュ州に属するスピティ地方はラダック、ザンスカール、ラホールなどと共にベット文化が伝わった地域の西の端を形作っている。古いチベット文化が残っている土地の一つだ。

今夏、アジア各地で大雨、洪水、土石流が頻発していることは報道されている通りである。ラダックでも8月5日以降の集中豪雨で土石流が発生し、多くの人命が失われた。ラダックからスリナガルやザンスカールに出る道路もずたずたになっているらしい。

スピティの道路は今のところ大丈夫とのことであるが、十二分に注意したい。



フィールドワークの記録

シルク(2)

2010年08月19日
青年はそこで村の支配者ハラ(役所広司)の妻にすっかり魅了されてしまう。

そのため彼は、結局三回も日本を、つまりはその村を訪れることになる。何しろその女、初対面の青年の前で、いきなり亭主の膝を枕にごろんと横になったり、青年が入浴中に無断で風呂場に入ってきて付け文したり、自分の身代わりよろしく青年に女性を取り持ったりする。おまけにまったく言葉を発せず、すべての仕草、表情が謎めいていて、神秘的な儀式のようなのである。(こういうのもクール・ジャパンと言うのだろうか)。

昔の「ショーグン」であれ、近年の「ラスト・サムライ」であれ、日本が舞台で、日本人俳優もたくさん出ており、時代考証もそれなりになされているのに、全体の構図が奇妙に歪んでいる、ということは珍しくないが、この映画はそれともちょっと違っていて、現実とは異なることを承知の上で、西洋人のオリエント体験への願望、彼らのうちにある幻想の東洋をそのまま映像化してみせた、という風である。

明治維新前後に日本を訪れた西洋人の報告を分析した渡辺京二氏の『逝きし世の面影』(平凡社)によれば、彼らの目に映った当時の日本人は、男も女も概して陽気で屈託がなく、礼儀はわまえているが、好奇心が強く、それに、行水中に裸を見られたり、混浴したりすることをほとんど何とも思わない人々である。
これまた西洋人の眼鏡を通して見た日本人の姿だが、渡辺氏の筆力もあって、むしろこっちが本当らしく思える。

そうだとすると、青年は愛想のいい村人たちに実に丁重な扱いを受けながら、出身地や日本までの道中や彼が持っている変わった道具の使い方などについて根掘り葉掘り質問され、村のどこに行くにも好奇心に眼を輝かせた老若男女にぞろぞろ付いてこられ、たまたま露天風呂のそばを通りかかれば、彼を見つけた娘たちが風呂から飛び出して、きゃっきゃ言いながら、こちらに駆けてくるのを目撃することになりかねない。

こういうのも悪くないと思うが、映画の雰囲気は、そりゃあ、ぶちこわしだわな。

3度目の日本への旅に出る前に、青年はパートナーの実業家から、パスツールという人物が健康な卵の見分け方を見つけた話を聞かされる。こうして蚕種を巡る冒険の時代が実質的に終わったことがさりげなく示される。












ある大学教員の日常茶飯

シルク(1)

2010年08月18日
「パク・ヨンハ様の葬儀に日本から多数の女性ファン駆け付ける」

こういうことに眉をひそめる向きもあるが、故人を想い哀悼のまことを捧げにゆくことが悪かろうはずがない。少なくとも義理で冠婚葬祭に出るより数等ましだ。やはり葬式は、要る。


お盆休みに見るために借りたDVDの中に「シルク」がある。家人に見せたら、「それ、無料動画で配信してるで?」。これで一挙に視聴意欲が減退した。

「シルク」を選んだ理由の一つは、2、3年前、この映画が封切りされる前に、ラジオの「ありがとう、浜村淳です」の名物コーナーである「土曜映画サロン」で、この作品が取り上げられたのを聴いたからである。

DVDを見てまず驚いたのは、デジャヴュ(すでに見た)観が強かったことである。つまり、浜村さんの語りを耳で聴いて頭の中に浮かんだ映像の記憶と実際の映画の映像がぴたりと一致する。正確に言えば、そのような「気がした」。

浜村さんの話芸のすごさに改めて感じ入るわけだが、ここまでやられてしまうと、聴いた者はその映画を見たような気分になり、浜村さんの意図とは反対に、劇場に足を運ばなくなってしまうかもしれない。それほどすごいのである。

映画の中身だが、幕末にイタリアやフランスから蚕種(さんしゅ)商人が日本にしきりにやってきた時期がある。ヨーロッパで蚕の病気がはやり、健康な卵への需要が高まったため、一攫千金を夢見る冒険商人たちがはるばる日本まで買付にきたのである。
そういう者たちの中に一人のフランス青年がいた。彼はシベリアを横断し、ウラジオストクから密航船に乗って、サカタに上陸し、モガミ・リバーを遡り、雪のヤマガタを通る。つまり、山形に来たわけだ。そこからが分からないのだが、シナノの山を越えて、ある村に到着する。シナノが信濃ならば、地理的にはおかしいが、まあ、この際それはあまり問題じゃない。

正真仏教
*河口慧海の『正真仏教』が慧文社から刊行された。私が解説を書いている。本体価格7000円也。復刻版、影印版ではなく、新たに作られた改訂版である。
ある大学教員の日常茶飯

雑感

2010年08月16日
まる二日間仕事を休んだ。一日目に庭の草を取り、二日目の晩に家族で食事に出たが、これを除くとほとんど寝ていたに等しい。覚めていても目をつむって横になっていた。最近は目の疲れがひどいので、これはちょうどいい休養である。

毎年、広島・長崎の原爆の日と終戦記念日を中心に過去を反省する行事が行なわれる。従来わたしは、普段はおちゃらけた番組ばかり作っているテレビ局が急に「いい子」になって戦争の罪悪を告発したりすることを苦々しく思ってきた。しかし、今年は違った感想を持った。日本人は65年もの間、毎年夏になると「過去の過ち」を思い出し、戦争が「絶対悪」であることを再確認して、二度と自分からはこれを起こさないという誓いを新たにしてきたのである。自己正当化しか頭にないような国が多い中で、こりゃあすごいことだと思う。

ラダックの水害。ラダックはムーンランドの異名を取る山砂漠だ。そこに土石流が発生した時の恐ろしさは想像にあまりある。ラダックからザンスカールへの道路も寸断されているという。土曜日、タイチョーに頼んで道路情報を収集してもらった。早く復旧してくれないと、こっちも困る・・・

高齢者の行方不明問題は、近頃にない不愉快なニュースである。あるキャスターが、はじめはこれは年金詐取の問題かと思ったが、もっと根深い日本社会全体の問題であることが分かってきたと指摘していた。それもそうであるが、年金詐取の問題は決して小さくないし、これを放置してきた役所の責任はそれ以上に大きいと思う。

「借りぐらしのアリエッティ」はまだ観ていないが、私は「借りぐらし」という言葉が気になってしかたがない。ひょっとすると、これはジブリの造語ではなかろうか。だとすれば、ちょっとこれは問題だと思う。基本的に、ことばは探すものであって、造るものではないからだ。



ある大学教員の日常茶飯

グラン・トリノ

2010年08月12日
お盆も近づきさすがに休戦モードである。

TSUTAYAでクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」のブルーレイ・ディスクを借りてパソコンで見た。ブルーレイを試すのが第一の目的だったが、この作品を選んで正解だったと思う。

イーストウッド演ずるウォルト・コワルスキーという人物の、子にも孫にも嫌われる偏屈爺さんぶりはなかなかの見ものである。私は家人に、人に嫌われる年寄りにだけはならぬようにとたびたび注意されているが、結局こんな感じになるのかな、という気がした。

ただ「グラン・トリノ」の設定は深刻なもので、ウォルトは昔、朝鮮戦争で人(敵兵)を殺したことで心に深い傷を負っている。それがあることがきっかけで、隣りに越してきたモン族の一家と交流するようになり…というのがストーリーだが、これ以上は書かないでおこう。

同じようにイーストウッドが監督と主演を兼ねた作品の一つに「Unforgiven」(許されざる者)がある。ラストの酒場での撃ち合いは、西部劇史上最も迫力のある名シーンと、これは私が太鼓判を押しておこう。

イーストウッドといえば、マグナム片手に走り回るダーティー・ハリーのイメージが強いが、俳優としてだけでなく、監督としても一流なのは周知のことだ。もう70歳を超えているはずだが、今後も末長く作品を作り続けて、私たちを楽しませてほしい。
ある大学教員の日常茶飯

逝く夏に

2010年08月10日
熊のセミ
*熊楠旧邸の蝉  2010年8月7日

ある大学教員の日常茶飯

南方熊楠研究夏季セミナー

2010年08月08日
6日(金)朝、当面の仕事を片付けて南に向かう。青空に夏雲が湧きだし、気分爽快である。
 第一の目的は田辺市で開かれる南方熊楠研究夏季セミナーへの参加であるが、その前に串本の大島にあるトルコ記念館を訪ねておきたかった。
トルコ記念館
串本の大島の樫野崎にあるトルコ記念館は、1890年9月にこの岬の近くで沈没したオスマン・トルコの軍艦エルトゥールル号の遺品などを展示する記念館だ。この事件は悲劇には違いないが、日本とトルコの長きにわたる友好関係のきっかけともなった事件であった。
両国旗
ここに来るのは3回目。最初に来た時には、串本節にも歌われている巡航船で島に渡ったが、今は橋が使える。
エルトゥールル
壁に描かれた船がエルトゥールル号。小松宮夫妻のトルコ訪問に対する答礼使節団を乗せて、イスタンブルからはるばる9000海里を旅してきた。一行は東京で大歓迎を受けた後、帰路、台風に巻き込まれてこの事故に遭った。岩礁
*エルトゥールル号を沈没させた魔の岩礁「船甲羅」(上)。有名なノルマントン号が沈没したのも同じ海域だ。

エルトゥールル号の沈没によって、トルコ皇帝特派全権大使オスマン・パシャ海軍少将以下約600人が嵐の海に消えた。しかし島民の献身的な救護活動により、69名が救出された。そして彼らをオスマン帝国の都イスタンブルまで送り届けるために、日本海軍の練習艦「比叡」と「金剛」が出動する。ここから始まる大冒険については、またの心だ…

ここに来る時にはなぜかいつもカンカン照りだ。大島は田辺から約70キロも離れている。「トルコ人の店」でトルコ・アイスを食べると、早々に道を戻る。

2時半、遅れて南方熊楠顕彰館に着くと、15人もの研究者がすでに揃っていた。初日のセミナーは、田辺市郊外の体験型宿泊施設「秋津野ガルテン」で開かれた。小学校の旧校舎を改造した、至極結構な施設である。
akizuno.jpg
真夜中には人体模型が走り回りそうな廊下。どこか懐かしい。理科室や保健室も覗いてみたかった。

セミナーではY田氏とY山氏が基調報告した後討論。翌日のT内先生の新資料講読も含めて、ものすごく勉強になった。
K田「先生、今日はいっぱいしゃべりますね」
私「そう、こうしておくと、後で飲むビールが数倍おいしくなるのだ」

というわけで、懇親会もすこぶる結構なものであった。
garten.jpg
懇親会を終えて、ほとんどゾンビ状態の参加者たち。私はここで失礼したが、残った面々は自販機のビールを飲みつくしたという。あな恐ろし・・・






研究ノート
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