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『高丘親王航海記』

2010年04月27日
今日の高野山は午後から荒れ模様で小さな嵐のようだった。おかげで本山前の枝垂れ桜も大分花を散らしてしまった。
この天候のせいでもあるまいが、今日は院生たちを怒ってばかりいた。「これ、もう少し厳密に訳さないと」「あんまり余計なことやってると論文書けないよ」「こりゃタイトルが○○っぽいな」

高丘
先日、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』に触れた。今度その初版を手に入れたので、改めて紹介したい。全集本でなく、文藝春秋刊の初版にこだわったのは、1987年に出たばかりの本を書店で見た印象がまだ残っていたからである。

「そのとき、和上のうしろの壇の上で、孔雀明王を背中にのせている三尺ばかりの孔雀の像が、一瞬、その蛇紋のある長い首をぴくりとうごかし、その左右にひろげた羽をぶるぶると震わせたような気がして、親王はわが目を疑った。しかもよく見れば、その驕慢な鳥の顔が女の顔、もっとはっきりいえば藤原薬子の顔そっくりに見えて、はっとした。死んだ薬子はどうも鳥に縁があるようで、これまでにも何度か鳥のすがたをして親王の夢にあらわれている。(中略)
 親王がじっと見ているのに気がついたらしく、孔雀はふたたび首をかしげると、ごく低い声で『訶訶訶訶訶……』と鳴きはじめた」(pp.126-127)

この後、高丘親王は、孔雀明王と入れ替わって、薬子である孔雀の背に乗り、和上、つまり弘法大師に見送られて、高野山の上空高く舞い上がる。

以上は、親王が見た夢である。

著者の念頭には、高野山霊宝館にある著名な快慶作の孔雀明王像があったかもしれない。

それにしても印象的なシーンである。念頭に置かなければならないことは、この時親王が数え年67歳の老人であるということである。彼は、幼年期に父平城天皇の愛人であった藤原薬子(ふじわらのくすこ)と過ごした思い出を忘れかねている。否むしろ、年を重ね、死が身近に感じられるようになるにつれて(天竺行そのものが帰るあてのない死出の旅路といってよい)、50年以上前に乱の中で自ら毒をあおいで果てた薬子への思いがますます募るのを感じている。

以前、弘法大師を主人公にしたフィクションを取り上げて、「弘法大師空海論を読む」(『高野山大学選書第5巻 現代に生きる空海』)という文章を書いた時、ついでにこれも入れたかったのであるが、紙幅の制約でできなかった。

 
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