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ブラヴァツキー・ロッジ

2010年02月28日
2月18日。冷たい雨。時差の影響か、早々と起きてしまう。7時に食堂に下りるとK峯先生がもう来ている。茹でたトマト、豆のスープ、ベーコン、タラの塩漬けなどを取り、パンと紅茶と一緒におなかに流し込む。このメニューはこのホテルに滞在していた4日間、まったく変わらなかった。

「イギリスの食事はまずい」という先入見をもっていたわけではなく、どんな食べ物でも軽々にうまいまずいを口にしてはいけないと躾けられてもいるから黙って食べたが、正直、「美味しい」と言えるものではなかった。そういえば、20日の市内散策に同行したロンドン在住の女性たちは、最後に入ったパブでポテトチップスにビネガーと塩をどばどばふりかけていた。どうも、これがイギリスの食事を何とか頂くための作法らしい。

9時半、松居先生が来てくれて、地下鉄を乗り継いでリージェンツ・パーク北側のアヴェニュー・ロードにブラヴァツキー・ロッジを探しに行く。これはかつての神智学協会のヨーロッパ本部で、1893年10月に土宜法龍が訪れて、アニー・ベザントらに会った場所だ。

すぐに見つかると思い込んでいたが、これがまったく分からない。確か10番台だったな程度しか記憶がなかったのが災いして、ついに特定できなかったが、後から確認すると、そこは19番地で、塀の外から写真を撮った屋敷だった。

それからリージェンツ・パークの中を通って、パークの東南隅に出る。法龍が滞在していたブラウンという家はこの辺りにあった(ある?)らしい。しかしこれも分からずじまいだった。

すぐ近くがベーカー街で、小雨の中、シャーロック・ホームズ博物館の前には入場希望者の列ができていた。私は、ホームズはテレビ・シリーズのジェレミー・ブレットが最高だと思っている。見上げた二階の窓からお馴染みのスタイルの彼が今にも顔を覗かせそうな気がした。

2010ロンドン・パリ 066

研究ノート

ロンドン1日目

2010年02月27日
今回は大韓航空を使い、仁川(インチョン)経由でイギリスに向かった。長いフライト時間に映画を二本も見てしまい、あとはワインをあおって眠る。
17日16時47分、ヒースロー空港着。松居夫人の出迎えを受ける。
空港から乗った地下鉄は、トンネルも円ければ、車両も円い。そして狭い。これは昔掘ったトンネルをそのまま利用しているからに相違ない。

ラッセル・スクウェア駅で降りて、係員が手動で操作するエレベーターで地上に出る。駅舎から通りに出ると、細い月が中天にかかっている。それを見た瞬間、なぜか西洋に来たことを実感した。

タヴィストック・ホテルは駅から徒歩で7、8分の距離にある。シングル一泊朝食付きで65ポンド。設備は古く簡素だから、割安というほどではないが、ロンドン大学や大英博物館に行くには至便の位置にある。次の機会があっても、ここか、さもなければ近くのラッセル・ホテルがいいと思う。

夕食は、松居先生夫妻、先着していたK峯先生、K沢さんと近くの中華料理店で済ませた。2010ロンドン・パリ 006


ある大学教員の日常茶飯

「日本のチベット」発言

2010年02月25日
民主党の議員のこの発言が波紋を呼んでいるらしい。

「鳥取とか島根は日本のチベットみたいなもの」

「○○のチベット」とは、特定の区域の中で最も遅れた場所を指して、その区域のチベットに指定するという差別的ニュアンスの強い表現である。たとえば、英語にthe Tibet of…などという表現があるとは聞かないから、これは多分、日本独特のものである。

最近は公共の場でこのような表現が聞かれることはなくなったと思っていたが、今回の一件は、これが死語でないことを改めて印象付けた。実際、インターネットをよくよく見れば、日本中にこの種の「チベット」があることが分かる。寒冷な山岳地帯はチベットのイメージに合っているせいか、「チベット」と呼ばれることが多いが、驚くなかれ、東京23区内にも「チベット」はある。つまり「東京のチベット」(東京で最も遅れた場所)である。

この種の表現は、どの区域であれ、中心と周辺に分けないではいられない人間の性から生まれると言ってよいだろう。だからこれは「差別の入れ子構造」を容易に作り出す。日本のチベットは○○県、○○県のチベットは△△地区、△△地区のチベットは××村という風に。

自分の故郷が「○○のチベット」と呼ばれて喜ぶ人はまずいない。そこに地域差別的意味合いが込められていることをストレートに感じ取るからだ。むろん、これはあくまで日本人の心の問題であって、実際のチベットとは無関係だ。

今回のような一件に接して、「○○県のような所をチベットに例えるなんて、むしろチベットに失礼だ」というのも、差別的な発言になるので注意が必要だ。

ともあれ、「○○のチベット」は責任ある立場にいる者が公の場で使うべき表現ではない。そこを「チベット」と呼ぼうと呼ぶまいと、公然とした地域差別が許されてよいわけはない。

まあ、今回いきなり「チベット人」にされてしまった方々には、「日本のチベット」で地域興しでもするか、といった余裕ある態度でこの問題に接してもらいたい。



研究ノート

ロンドンのパブで: これがビール?

2010年02月24日
ある意味もっとも期待していたのは、ロンドンのパブで飲むビール(エール)であった。

しかし、タヴィストック・ホテルのバーでの最初の出会いは芳しいものではなかった。

えっ、これがビール?このぬるくて薄くて、コクのない、生っぽい飲み物が?

しかし毎日いろいろな銘柄を試しているうちに、体に味が染みてきたとでもいうのだろうか。ウェスト・ケンジントンのかつての熊楠の下宿を訪ねた後に飲んだギネスは美味しかった。これが最後の一杯で、翌日にはパリに移動した。
パブ制覇の道は険しく遠い。是非また行かねばならぬ。
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2月18日、大英博物館前のパブ。中は薄暗くて温かく、居心地がいい。カウンターの女性がハンド・ポンプを使ってジョッキにビールを注いでいる。泡は実にクリーミーだ。
フィールドワークの記録

常楽会

2010年02月16日
昨日はお釈迦様が涅槃に入られた日。高野山では前夜から常楽会(じょうらくえ=涅槃会)が執り行われた。(これについては去年のブログにも書き、写真も載せているので、興味のある方はご参照願いたい。)

夜10時半過ぎまで仕事をしてから本山に出かける。うどんをいただき終わったところで法会が始まった。

無理もないことだが、最初はみんな声があまり出ないし、そろわない。それが20分過ぎたあたりから調子が出て、俄然盛り上がってくる。今回はこういう変化が楽しめた。

年中行事は高野山の僧侶のもっとも重要な仕事の一つだ。これからは常楽会以外の行事もこのブログでなるべく取り上げてゆきたい。

とまあ、そんなわけで、明日からロンドンです。

ある大学教員の日常茶飯

通信制大学院修士論文口述試問

2010年02月13日
昨日、通信制大学院の修士論文の試問があった。私が付き合ったのは3本で、すべて副査の立場で審査に当たった。主査は全部乾さん。前夜は3時間しか眠れなかったそうな。

うちの口述試問は念入りで丁寧だ。一人最低でも1時間半。昨日は3人で合わせて5時間掛かった。

結果はここではむろん公表できないが、それぞれに力作だったことだけは報告しておきたい。

これを読んでいる関係者諸君、特にこれから論文を出そうという皆さんはがんばって欲しい。

具体的なことは、それぞれの指導教員に尋ねてもらいたいが、私なりにアドバイスすれば、まず文献目録の作成から入るのが常道だと思う。
この作業を進めるうちに、何となく道筋が見えてくるものである。
ある大学教員の日常茶飯

ワークショップ「南方熊楠とロンドン」

2010年02月12日
2月17日から23日までロンドン、パリに出かける。19日にロンドン大学で開かれるワークショップ「Kumagusu and London」に参加するためだ。お膳立ては去年からロンドンにいる松居竜五先生(龍谷大学)がすべて整えてくれているので、こちらは気が楽だ。
しかし、2月は一年で一番忙しい月であるのに加えて、高山寺新出の熊楠書翰の出版が最終局面に入っているので、これらをすっかり片付けて飛行機に飛び乗るのは、ちょっとした離れ業だ。

もっとも、出国しちまえばこっちのものだ。あとは頼むぞ、K田君!
研究ノート

聖地チベット展

2010年02月09日
珍しく午前中に大阪に出る用事があったので、ふと思い立って大阪歴史博物館に「聖地チベット」展を見に行った。森ノ宮で降りて大阪城公園に沿って歩く。結構な距離である。ようやくたどり着いたら、目に飛び込んできたのは、「火曜休館」の文字。

あちゃー!どうやらこの展覧会とは縁がないらしい。2月は一年で一番忙しい月だし、3月は3月で公私にわたっていろいろある。わざわざこのためだけにでかけられないんだけどねー!

コーボー寺のワカの話によれば、大阪の坊さんたちの中に、この展覧会の仏像たちはチベットの人々から何百年も崇拝されてきたものだから、とにかくまず拝みに行こう、と考える向きもあるそうだ。そしてできれば、小声でそっと(他の人の邪魔にならないように)お経を唱えよう、会場が常に祈りの雰囲気に満たされているように、と。

おもしろい考えだと思う。少なくとも、まがい物のチベット・グッズの販売員などに喰ってかかるよりはずっといい。



研究ノート

梅花ほころぶ

2010年02月08日
夕方、荒山(こうぜん)公園の側を通りかかったら、紅梅、白梅がほころび始めている。思わず、梅林に入る。
梅を愛でながら、ゆるい坂道をゆっくりと登り、梅林を抜け、陸橋を渡り、溜池の側を通り、閑静な住宅街を抜けて、家に帰った。

春は、近い。



ある大学教員の日常茶飯

アルカトラズ

2010年02月06日
昨日、次女を送った後、書類を届けるために長女のところに行った。長女は前夜アメリカでの研修から戻ったばかりである。昼食を取りながら、その様子を聞き、ホスト・ファミリーや休日で訪れたアルカトラズ島の刑務所跡などの写真を見た。

アルカトラズ刑務所と言えば、クリント・イーストウッドである。「ダーティーハリー3」と「アルカトラズからの脱出」は、両方ともおもしろい。

「アルカトラズからの脱出」が実話に基づいていることは何となく知っていたが、実際、映画の有名なシーンとそっくりの場面が観光用に再現してある由。独房に入って、係員に鉄の扉を閉めてもらうサービス付きだ。

長女は、私が17日からちょっとだけロンドン、パリに出張すると知ってうらやましがっていた。お勧めはと聞いたら、自然史博物館とヴィクトリア&アルバートだという。そりゃもちろん、熊楠の「立ち回り先」として行くことになると思う、と答えておいた。

その準備のためです。いま、極寒の高野山で、ひいひい言っているのは。

ある大学教員の日常茶飯
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