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歴史読本 日本の信仰人 宗教者100人

2009年12月27日
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二三日前にこれが送られてきた。この中の「◎特集ワイド 信仰が成し遂げた偉業の軌跡」に私は「河口慧海 志を胸にチベット入境を果した探検僧」を寄稿している。近代で取り上げられたのは、慧海と井上円了の二人だけだ。

井上円了を書いているのは、東洋大学の井上円了記念学術センターの三浦節夫先生だ。三浦先生には、慧海関係の資料をいただいたり、雑誌に寄稿させてもらったりして、これまでずいぶんお世話になっている。ついこの間だって、『評伝 河口慧海』に掲載する何枚かの写真の許可をもらったのは多分三浦先生からだ。手続きはすべて編集部がやってくれたので、私は直接にはタッチしていないが。
最近やたらとこういうことを書いている気がするが、結局、人は人の世話になって生きているということだと思う。
研究ノート

藤本さん

2009年12月27日
日本山岳会副会長の藤本慶光さんが山仲間数人と高野山に来られたので、昨夕、遍照光院で会食した。みなさん奥様連れである。大阪狭山からタイチョーも参加した。関東方面の山の大先輩たちを前にしたせいか、タイチョーも珍しくちょっと緊張気味だった。

とても気持ちのよいひとときで、岳友というものもなかなかいいな、と感じた。

お父様(藤本真光師)の事績を調べに大学の図書館に来られた藤本さんと出会ったのは6年位前だろうか。その後、何かにつけてお世話になっている。

タイチョーと出会ったのはそれ以前で、ネパール・ヒマラヤについて大量の情報を発信しているホームページがあることに気づいてこちらから連絡したのがきっかけだった。私の家からタイチョーの邸宅まで、車であれば10分もかからない。

この二人が実は昔仕事の上でとても近い関係にあったことを知ったのは、かなり後のことである。

これも不思議な縁。いや、縁そのものが不思議なのだ。


縁と言えば、遍照光院は密教学者の故・酒井真典先生のお寺で、会食に使った部屋には、トゥプテン・ギェンツェン(多田等観先生)のチベット語の扁額が掛けてあった。多田先生は大正期にチベットに留学し、ダライ・ラマ13世にかわいがられた。トゥプテン・ギェンツェンの名もダライ・ラマの僧名トゥプテン・ギャムツォから一語をもらったものである。酒井先生は東北大学に遊学して、多田先生からチベット語を習った。

ちなみに私は多田先生から見ればひまご弟子に当たる。











ある大学教員の日常茶飯
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