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Jin―仁―と新門辰五郎

2009年11月29日
南方仁の南方って、やっぱり熊楠だろう、というのが、このあいだの熊楠ゼミナールでの話題の一つだった。
言いだしっぺは、中村敦夫さんだ。

というのも中村さんは、今度「Jin―仁―」に新門辰五郎(侠客、町火消の頭)の役で出演される。ゼミナールで和歌山に来る前に、その撮影を済ませた。熊楠は、ときどき新門辰五郎などと名乗ることがあるから、自分が辰五郎役を演じることにも縁を感じるというのである。

中村さんの熊楠好きも、相当なレベルに達している。

中村さんが出る回の放映は12月半ばらしい。

ある大学教員の日常茶飯

ウィキペディアの河口慧海

2009年11月29日
書くべきか、書かざるべきか、ちょっと迷ったが、迷った時には積極的な方へが信条なので書いてしまう。
ウィキペディアの河口慧海の項目にはいくつかの誤りがある。従来、私は、こういうのはそのうち誰かが訂正してくれるから構わないと思ってきた。

しかし、いつまで経っても訂正されない。それどころか最近、ここに書かれていることがあちらこちらに転用されているのを目にし、これはいけないのではないかと思いはじめた。
ネット社会である。初めて読む慧海の情報がこれ、という人も多いだろう。

しかし、である。問題に気付いたら訂正してくれ、というのがウィキペディアの趣旨であるはずだ。よそで文句を言っているひまがあったら、直せばいいのである。
はじめに書くべきかいなか、と書いたのはそのためだ。じゃあなぜ手をこまねいているのか。
簡単である。直し方が分からないのである。説明を丁寧にたどってゆけば分かるだろうが、そうする時間も根気もない。

どなたか簡単にできる方法を教えてくださらないだろうか。
研究ノート

飲酒と睡眠

2009年11月28日
あまりにも忙しいので当分寝酒を止めることにした。

お酒を飲んで寝ると眠りが浅くなって疲れが取れにくい、ということには前から気付いていたが、夜中に曼荼羅荘に帰り、NHKの再放送(これがかなり充実している)を見ながら「ちょっと一杯」(私の基準で)やってから寝るという習慣からなかなか抜け出すことができなかった。

寝酒を止めたおかげで、夜中にトイレに立つといういうこともなくなり、体調はすこぶる良好、だいたい睡眠6時間で普通に動けるようになった。

ただそこはそれ、どこかに反動が出ないかと気にかかる。実は昨夜もパソコンでスコッセシ監督の映画「最後の誘惑(The Last Temptation of Christ)」をずっと見てしまった。これじゃあ、我慢の意味がない。

ある大学教員の日常茶飯

聖☆おにいさんとバガボンド

2009年11月26日
私「あれ、君ら何読んでるの」
みんな「『聖☆おにいさん』です!」
私「なるほど、私も娘に勧められて1、2巻は読んだ」
みんなの中のひとり「さすが先生ですね」
私「うむ。このマンガは比較思想的、比較宗教学的に読み解かれねばならない。しかし、今私がもっと気になっているのは『バガボンド』がどう終るかだ」
みんなの中のひとり「えっ?」

私「あのマンガは吉川英治の『宮本武蔵』が原作だが、原作にないほど、佐々木小次郎を掘り下げて描いてある。そのために全体の深みが格段に増したのはいいが、反面、小次郎が強くなりすぎたと思う。いったいどうやって、巌流島での、よく知られた決着にもってゆくつもりなのか、しかもそれを理屈ではなく作画で、どう説得的に表現しようというのか、他人事ながら心配していた。武蔵のあの作戦ではバガボンドの小次郎を倒すのは無理だと」

みんな「はあ・・・」

私「しかし、この間再放送されたNHKの番組の中で井上雄彦が言っていたのは、登場人物がそれぞれ生きている、ということだ。確か宮崎駿もどこかで同じようなことを言ってるはずで、すぐれたクリエーターにはやはり共通点があると思う。つまり、決着は武蔵と小次郎が自然に着けるという訳だ。もちろんそれを形にするまでの作者の苦しみは決して小さくないはずだが・・・・・・
という訳で、ええと、今日はI 君からですね。確か、24ページの上段の『且つそれ唐朝に金剛智、不空、善無畏の三三蔵云々』からですね。ここはこみいってるからゆっくりやろう」


研究ノート

松本栄一さん

2009年11月24日
『評伝 河口慧海』の文庫化に当たって、写真の掲載許可を取りなおす必要ができて、写真家の松本栄一さんに久し振りに連絡を取った。松本さんはもちろん快諾してくれたが、それ以上に嬉しかったのは、しばらくご無沙汰の旧交が復活した気がしたことだ。

松本さんと言えば、チベットの写真である。そして最近ではダライ・ラマ本を多く出している。

いずれも心のこもったいい仕事で、松本さんの人柄がよく出ている。

松本さんとは、東北大学で助手をしていた時に出会って、まず『河口慧海請来チベット資料図録』(佼成出版社)を皮切りに、一緒にいろいろな仕事をした。1986年の東北大学チベット学術登山隊人文班(班長:色川大吉先生)の調査旅行でも苦楽を共にした。一言で言えば、私をチベット世界に導いてくれた恩人だ。



ある大学教員の日常茶飯

事業仕分けとスパコン

2009年11月20日
前回に続いて急告:22日(日)の南方熊楠ゼミナールは、集中豪雨による浸水被害のため、会場が、和歌山あいあいセンターから和歌山市立博物館の2階講義室に変更されました。ご注意ください。詳細は下記まで。
   http://www.minakata.org/cnts/news/index.cgi?c=i091017


事業仕分けをおもしろがっている人も多いと思うが、私は心配でならない。その象徴が次世代スーパーコンピュータの予算削減だ。昨日、学者グループから抗議声明が出されたようだが、果たしてまきかえせるのか。
学問の分野では、今は効果がはっきり見えない、といったことはいくらでもある。ノーベル賞級の研究も最初はそんなものが多いはずだ。
それが、そういう理由でばっさりと切ってしまっていいのか。これまでにも潤沢とはいえない資金を何とかやりくりしてやってきたものが、仕分け人の一言で、なぎ倒されている感じである。

仕分けするなら、まず子供手当からやってもらいたい。






ある大学教員の日常茶飯

中公文庫版 評伝 河口慧海

2009年11月18日
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『評伝 河口慧海』の中公文庫版がついに完成し、今日見本が届いた。発売日は24日である。

解説は礪波護先生が書いてくださった。カバーデザインはnum.の山影麻奈さんだ。山影さんとは『ムスタン―曼荼羅の旅』(中央公論新社)以来のお付き合いだ。

当然のことだが、ものすごく嬉しい。

親本は2003年に出ている。そのあと、2004年に慧海のヒマラヤ日記が発見されるという、慧海に関心を持つ人間にとっては「大事件」があり、これが2007年に『河口慧海日記 ヒマラヤ・チベットの旅』(講談社学術文庫)として出版された。

そこで、今回文庫化に当たって、私はこの日記に基づいて第六章のヒマラヤ越えの部分と、第七章の一部を書き換えた。ほかにも細かく手を入れているので、出来栄えにはとても満足している。

文庫版のあとがきは、9月にインド・アッサム州のグワハティのヒルトップ・ロッジ滞在中に書いた。書いたのはそうだが、その骨格は、その前にタワンのホテルで一人、夜雨がトタン屋根を叩く音を聞きながら作ったメモだ。その時は、明日、まんいち土砂崩れで死んだら、これが遺書替わりになるだろうと、ぼんやり考えていた。これも今となってはよい思い出だ。

急告:22日(日)の南方熊楠ゼミナールは、集中豪雨による浸水被害のため、会場が、和歌山あいあいセンターから和歌山市立博物館の2階講義室に変更されました。ご注意ください。詳細は下記まで。
   http://www.minakata.org/cnts/news/index.cgi?c=i091017














読書案内

司馬遼太郎の文学碑

2009年11月15日
急告:22日(日)の南方熊楠ゼミナールは、集中豪雨による浸水被害のため、会場が、和歌山あいあいセンターから和歌山市立博物館の2階講義室に変更されました。ご注意ください。詳細は下記まで。
   http://www.minakata.org/cnts/news/index.cgi?c=i091017


NHK大河ドラマスペシャル『坂の上の雲』が今月末からはじまるようで、昨夜も本木雅弘をはじめとする出演者を総動員してPRに努めていた。
本木氏の発言を聴いて、この人は役者として本当に幸せな道を歩んでいるなという気がした。

ついでに言えば、NHKには報道番組とドキュメンタリーと、こういう骨太のドラマ作りに専念してもらいたい。民放の番組となんら区別がつかないバラエティーなどはいらないのではないかと思う。
内村さん 012
これは去年、奥の院に建立された司馬遼太郎の文学碑。個人的にはちょっと大きすぎるところが気になるが、司馬さんの文学碑が高野山にあることはうれしいことだ。

司馬さんの『空海の風景』は、いろいろな評価があるが、弘法大師の業績を現代の日本人に知らしめたという意味では、とてつもなく大きな役割を果たしたと思う。
この小説を含め、弘法大師空海を主人公にした現代の作品は意外に多い。そのなかのいくつかは以下のもので論じているので、興味のある人は参照してもらいたい。

奥山直司「弘法大師空海論を読む」『高野山大学選書第5巻 現代に生きる空海』小学館スクウェア、2006年



ある大学教員の日常茶飯

森繁久弥と日曜名作座

2009年11月12日
私にとっての森繁久弥さんは、何といってもNHKラジオの「日曜名作座」だ。女優の加藤道子さんと二人だけの出演で、二人が時には何役も演じ分け、それぞれに芸の極致を見せて、いや、聴かせていたと思う。古関裕而氏のテーマ曲も忘れられない。

先日、堺の中央図書館に行った折、『虚空遍歴』のCDを借りて、しばらく聴いていた。
『虚空遍歴』は山本周五郎の同名小説を脚色したもので、中藤中也という音曲師が芸道を極めようとして苦闘するさまを描いている。原作は学生の時に読んだが、雰囲気が暗すぎて、あまり好きになれなかった。主人公の名前は、明らかに中原中也のもじりだ。

放送は、小説とはおのずと別で、かなり脚色もされているが、私は、なるほどこういうことだったのだな、と思いつつ、何べんも繰り返し聴いた。

森繁さん、加藤さん、古関さん、ありがとうございました。
ある大学教員の日常茶飯

ダライ・ラマのタワン訪問

2009年11月10日
ダライ・ラマがアルナーチャル・プラデーシュのタワンを訪問して、中国が猛反発していると報じられている。
このブログでも報告しているように、アルナーチャルの特にタワン地区は、今年になって立て続けに訪れた場所でもあり、とても無関心ではいられない。
アルナーチャルは中印間の領土をめぐる対立の焦点の一つである。
タワン地区に住むモンパ族は、マクマホン・ラインによって南北に分断されたままだ。
1962年には大規模な国境紛争の舞台となった。
タワンはダライ・ラマが1959年にインドに亡命する際に通ったルート沿いでもある。

これだけ因縁の重なる土地でダライ・ラマが何を祈り、何を語ったかは興味が持たれるところである。Arunachal 2009.9 1404
タワン地区の寺々では、宝座にダライ・ラマの写真が安置されている。
ある大学教員の日常茶飯
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