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河西回廊の旅(11)

2009年10月06日
9月4日 終日、莫高窟見学。この日のためにわれわれは現地と連絡を重ねてきたのである。結果は、かなり満足のゆくものであったと自負しているが、ここでもやはり時間が足りなかった。この種の調査に時間はいくらあっても足りない。限られた時間内で成果を上げるのがプロであるのだが。
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莫高窟には何かとお世話になっている。卒論で『秘密集会タントラ』のチベット語訳敦煌文書を扱った。日本密教学会賞を頂いたのは莫高窟第465窟の壁画の研究だった。

9月5日 粛北蒙古族自治県の五個廟窟と敦煌の西の西千仏洞を回る。この日で実質的に今回の調査を終えた。
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*西千仏洞は莫高窟に匹敵する大規模なものだったが、崩壊してしまった窟が多い。

9月6日 西晋画像墓を見てから、空港へ向かう。昼過ぎのフライト。時間は2時間50分。隣の席のS沢先生とおしゃべりしているうちに、北京空港に着いてしまった。北京のガイドのWさんの迎えを受け、専用車で市内へ。北京は雨模様。あいた時間を利用して、文廟を見学する。
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この扁額を見て思わず、「われ万世の師表たらん」とつぶやいたら、S須先生が側で聞いていて一言、
「先生ならなれますよ」
わが身を振り返り、深く恥じ入った。

北京は10月1日の国慶節に開かれる建国60周年記念軍事パレードの練習のために厳しい交通規制がしかれていた。

夕食は北京ダッグの名店「全聚徳」で。経済好調の中国は今観光ブームだ。地方から北京に上ってきた観光客が、それこそ「一生の思い出に」来店することも珍しくないという。これまでにも何回か北京で北京ダッグを食べる機会はあったが、今回ほどおいしく感じられたことはない。
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*発展を続ける巨大都市北京の灯は流れる。

9月7日 早起きし、ホテルで朝食を取ってから空港へ。午後1時半、関空に帰還して、そこで解散。時間が合わないので泉ヶ丘方面のリムジンバスは止めて、電車を乗り継いで4時頃帰宅した。

インド行きが4日後に迫っていた。


 
フィールドワークの記録

河西回廊の旅(10)

2009年10月06日
9月3日 タマリスクの花咲くゴビ(乾燥した荒野)の中の道を楡林窟(ゆりんくつ)に向かう。途中、破城子遺跡に立ち寄る。
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この日は終日、楡林窟見学。多くのすばらしい窟を堪能できた。
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昼食は瓜州のホテルに用意してもらったランチボックスで済ませたが、キュウリが一本まるごと入っているなど、値段の割にお粗末なものだった。この頃、私は疲れがお腹に来ていたので、ゆで卵を一個食べるだけにした。

夕方6時過ぎ、最後の目的地、敦煌に到着する。敦煌のオアシスは広さ1397平方キロメートル。郊外にある莫高窟(ばっこうくつ)の壁画から「天女の故郷」と呼ばれている。
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この晩、ホテルの土産物屋で絹のスカーフを家族の土産に買う。町ではまがい物も結構多いと聞いたからだが、この商店の売り子のおねえさんの淡々として押しの強いセールストークに負けたからでもある。もう少しで翡翠なども買わせられることこだった。こちらが買う気満々なのがすっかり見抜かれていた。
フィールドワークの記録
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