FC2ブログ
04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

イエスの失われた十七年

2009年05月20日
 『ダ・ビンチ・コード』の次が『天使と悪魔』である。イエス外伝、キリスト教異聞は、今もキリスト教徒を引きつけてやまない魅力があるようだ。
 
 去年度、熊楠の手紙を研究するために大量の本を買った。その中に、

  プロフェット著、下野博訳『イエスの失われた十七年』立風書房、1998年

がある。
 これを買ったのは、熊楠が〔高山寺〕所蔵の書簡の一つに次のようなことを書いているからだ。

近頃、チベットで秘密の書を発見し、イエスの伝記をくつがえす珍書を著した豪傑がある。インド北部に住むある女性とマックス・ミュラーがこれを論駁した。ところがこの男は一向に服せず、反駁を試みたが、新聞各紙はこれを相手にしなかった。そこで男はこの女性と直接対決するためにインドに渡り、さらにこの書を写し取るためにチベットに入ることに決した・・・

熊楠がこれを書いたのは1894年の10月であるから、この年欧米でかなり話題になった出来事と推察された。チベット関係のこととあっては、「不詳」ではすまされない。何回か検索をかけてみたら、プロフェットのこの本がひっかかってきた。

この本で分かったことは、ロシア人のニコラス・ノートヴィッチなる人物が、ラダックのへミス・ゴンパで発見したという『聖イッサ伝』という秘書に基づいて、『イエス・キリストの知られざる生涯』という本を出版して話題となったのが、まさにこの年であったということである。これによるとイエスは東方に旅し、インドからチベットに入り、ラサに到達した後、ラダックを経由してパレスティナに戻ったことになっている。この書はマックス・ミュラーらから手厳しく批判された。熊楠のいうインド北部の女性とは、ミュラーに一報してノートヴィッチの「嘘」を告発したレー在住のイギリス女性と思われる。


ノートヴィッチのこの本自体は、いわゆるトンデモ本の域を出ないもののようであるが、ラーマクリシュナの高弟アベーダーナンダや芸術家のニコライ・レーリヒなど、当時の神秘主義者に与えた影響は大きかった。

真相は不明だが、幻としか思えないものが人を動かした例の一つである。熊楠が、無条件でノートヴィッチの肩を持っているらしいことは、マックス・ミュラーへの反感を割り引いても、あまり感心したことではないが。

062_convert_20090520205403[1]

ラダックのへミスで毎年行なわれるツェチュ祭。パドマサンバヴァの偉業を再現する春の祭だ。1994年6月撮影。





研究ノート
 | HOME |