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ベンガルのなまずカレー アルナーチャルの旅(14)

2009年04月09日
3月23日(月)
今日はいっきにゴーハティまで行く。
山を下ると、すぐに暖を通りこして暑となり、セーターを脱ぐ。ところがアッサム・ヒマラヤの山中に入って、また寒くなる。

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山中での道路工事の現場

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道をふさいだ石材をドライバーたちも手伝ってどけている。

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アッサムから来たトラック。ヘッドに着けているのはダライ・ラマの顔だ。

バルクポンで入った茶店のカレンダーがなかなかいい。チベットの文化英雄のひとり、タントンギェルポをあしらった、チベット暦のカレンダーだ。カレンダーには結構役立つ情報が書き込まれているものだ。街で同じものを探すが、見つからない。カレンダーというものの性質を考えれば無理もない話だとあきらめていたら、アンシューが茶店のカレンダーを半ば奪い取るようにして持ってきてくれた。

車はアッサムの街道をかなりのスピードで飛ばしてゆく。

こういう街道では、朝な夕な、かわいらしい制服を着た子供たちが登下校する姿が見られる。今度の不況でどう変わるかはわからないが、インドはここ何年か教育ブームだと思う。それを支えているのはIT産業を中心としためざましい経済発展だ。こうした動きは、この国を根底から変えてゆくに違いない。

これまであまり書いてこなかったが、旅の途中の食事はカレーが中心だ。ベンガルのフィッシュ・カレーは、庶民的な料理だが、これがうまい! 魚はなまずだ。三度のご飯がこれでも、簡単には飽きないだろう。スプーンより、手で食べた方がおいしい気がする。それに食事の前後に石鹸をつかって念入りに手を洗うので、かえって衛生的だとも言える。

この日も、遅い昼食は、往路にも寄ったガソリンスタンド脇のレストランで、このフィッシュ・カレーを堪能した。しばらくこれが食べられないと思うと、さびしい気がする。

ついにブラフマプトラを渡り、ゴーハティ市内に入る。今夜の宿はプロジェクトの人々がよく利用しているヒルトップだ。そこにはイタノゴルのラジブ・ガンディー大にいて、今回一時帰国する I 本さんがいるらしい。宮本さんは、ビールを10本用意するようにアンシューを通じてホテルに連絡した。

インド人は基本的に酒を飲まない。そのためホテルに酒の買い置きがないことも多い。だからホテルの食堂でビールを注文したら、ボーイが外に買いに行った、などということが起こる。

ヒルトップは高台にあって、ブラフマプトラがよく見える。それだけでも満足だが、個人の屋敷をホテルに改造した建物が風格があってなかなかよかった。また責任者のネパール人、ラメーシュはものごとをよくわきまえた、感じのいい男である。
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悠久なるブラフマプトラに黄昏が迫る。




フィールドワークの記録

道をもどる アルナーチャルの旅(13)

2009年04月09日
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3月22日(日)
タワンを去る日がきた。朝、出がけに再びメイン・ゴンパに行き、寺務所でラマ僧たちにしばらく話を聞く。今はマイソールにいる活仏の連絡先も聞いてくれることに。

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コルカタから観光にきた家族。ベンガル人にとって、このエリアは異界そのものだろう。この家族とは、昼食を取った茶店でも会ったが、左の女性はいつもにこにこしていて感じがよかった。(ジャンにて)

セ・ラを越え、ディランを過ぎ、ボンディラに着く。まずW氏の事務所に顔を出す。パンジャビスーツはアンシューが受け取ってきてくれた。宿泊は丘の上の小さなゲストハウス。設備はこれまでで一番よかった。

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ブータンのテレビ放送が入る。ニュースと、日本でいえば「皇室アルバム」のような番組を見た。


フィールドワークの記録
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