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河口慧海の命日

2009年02月24日
 ふきのとうが頭をもたげているのを発見。高野山にもついに春がきた。

今日は河口慧海の慧海供養塔
命日である。これは高野山奥の院にある慧海の供養塔。一の橋から歩いて5分で着く。

 今日になってやっと、K林さんに礼状を出した。あの後、K林さんからは高価な本をもらっている。

「コーヒーを引っかけないように注意しながら、大切に読ませてもらいます。2月24日 河口慧海の命日に」


 話は変わって、昨夜、ダッカにいるM本さんからメールが入り、パスポートやヴィザの番号を聞いてくるので、ちょっと慌てた。パスポートはKRKからまだ戻ってないよ!

 3月は久しぶりにインド旅行に行くのである。場所が外国人の立ち入りを制限している区域なので、ヴィザとは別に許可が要る。

 まる2年もの間、どこにも出なかった。これはこの10年では最長記録である。おかげで、このブログのカテゴリーの「フィールドワークの記録」がずうっとゼロのままであった。これも何とか記事と写真で埋める目処がついたという訳だ。

 同行者はアンドーさんとM本さんで、場所はインドの東北辺境のアルナーチャルプラデーシュ州だ。以前タワンの活仏が高野山大学を訪ねてきて、アルナーチャルよいとこ、一度はおいでと宣伝したときから、必ず行こうと念じていた。思いはいつか叶うものだ。


 
ある大学教員の日常茶飯

V先生のお宅に招かれる

2009年02月23日
 ブログを書き始めて1年あまりが過ぎた。昨日、去年の今頃の記事を読み返して、記録としての日記の効用を再認識した。先週の話になるが、これも忘れずに書き留めておこう。

 先々週、京都にあるイタリアの研究所の所長のV先生から電話があった。先生の自宅へのディナーのお誘いである。ちょうど京都に用があったので、喜んで訪問を約した。
 
 夕方、研究所を訪ねてV先生とタクシーに乗る。お宅は東山の奥まったところにある戸建て感覚のマンションで、八坂の塔と京都市街がよく見えるという絶好の立地であった。
 日本人の奥様と息子さんに迎えられる。客は他にK先生夫妻が既に見えていた。

 とてもいい雰囲気で、ワインもイタリア料理も結構至極、話もおもしろく、とても贅沢な時間を過ごすことができた。 

 V先生とは3年ほど前に知り合った。最初は梅田で落ち合って、いきなりビールを飲みながら何時間も話し込んだ。以後、時々会っている。私の認識では、「飲み友だち」である。紹介してくれたのは、同じイタリア人のMさんで、この人との縁も、考えてみれば不思議なものだが、これについては近々書く機会があるだろう。

 

 

 
ある大学教員の日常茶飯

静先生のパーティー

2009年02月21日
 昨日は静先生の退職記念パーティーが大阪福島のホテルであり、珍しくそこに出席した。実はY先生が急用でいけなくなり、そのピンチヒッターのようなもの。私は元来この手のパーティーにはほとんど出ない。
 会場にS出版のM社長が来ており、「ピンチヒッターですね!」と言われて、ちょっとおろおろした。M社長に言われると、ピンチヒッターの意味が別に聞こえて、何かまた原稿の催促か、と一瞬おびえたのであった。


 「ありふれた奇跡」は、そろそろ佳境である。いとおしむようにして見ている。

 このドラマで言う、ありふれた奇跡とは何かと言えば、それはまず人と人の出会いということだろう。第一回で、一人の男が電車に飛び込もうとしているのを見ず知らずの男女が止めた。それをきっかけに二人の交際が始まる。このこと自体が人生の奇跡でなくて何だろうか。

 しかし第7回を見ると、その自殺を止められた男が二人のためにあるささやかなことをする。これはまったく無償の行為である。おそらく次回はそれを軸にドラマが急展開するはず。考えてみれば、プラットホームで無我夢中で他人に飛びかかって「自殺」を止めるのも無償の行為である。

 こういう無償の行為というか、善意というか、そういうものに山田太一氏は、現代における救いを求めているという気がする。


ある大学教員の日常茶飯

「南方熊楠と高野山」展 プレ講演

2009年02月19日
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研究ノート

京都、東京、冬の旅

2009年02月18日
月曜、火曜と京都、東京を回った。
 ちょうど西から東へ移る寒波といっしょに移動したかっこうで、京都では夕方から粉雪がちらつき、東京では、昨日はぽかぽか陽気だったのに、今日は冬に逆戻り、と言われた。
 
 2日間の締めくくりは、八重洲の富士屋ホテルのレストランで久しぶりにK林さんと飲んだこと。私はこの人が大好きだ。何年も会っていなかったので、話が弾み、二人とも心地よく酔い、最後はK林さんをタクシーに押し込んで、東京駅から新幹線で帰途についた。

 ちょっと心配だったので、今日の夕方電話を入れると、普通に出てきたのでほっとした。

 この年になると身に沁みるのは、昔からの知り合いのありがたさである。これで、松井亮さんが生きていたら3人でまた楽しい語らいができたのであるが・・・
ある大学教員の日常茶飯

ありふれた奇跡

2009年02月16日
 「ありふれた奇跡」を見た。
 画面から一瞬も目をそらすことができなかった。出演者たちの集中力にこっちまで巻き込まれた感じ。
 
 こういう作家(山田太一)と同時代に生きている幸せを感じると同時に、ある意味、打ちのめされた。
            
 おこがましい言い方になるが、学者もクリエーターだと私は思っている。
 そういう意味では、他の業種と対等だ。

 たとえ一度だって、これだけ人の心を揺さぶるような仕事をしたことがあるのか、これだけ深いテーマとお前は向き合っているのか、と自問すれば、答えは否と言うしかない。

 
ある大学教員の日常茶飯

涅槃会

2009年02月15日
涅槃会1

今日、2月15日は釈尊が入滅したとされる日である。釈尊の徳を讃えるために行われるのが涅槃会(ねはんえ=常楽会じょうらくえ)だ。
その前夜、2月14日の午後11時から、一山の僧侶たちが本山金剛峯寺の大広間に集まり、講讃の法会が行われる。
私は高野山の年中行事の中でも特にこれが好きだ。といっても、土室(つちむろ)の間で接待のうどんをいただいて早めに帰るばかりで、夜を徹して行われる講式につきあったことはない。

涅槃会2
職業柄、顔見知りの坊さんたちも多いが、こういう時の彼らは普段とはひと味もふた味も違う。

涅槃会3
年中行事こそ高野山に住む僧侶の生命であると言われる。こうして伝統は引き継がれてゆく。
ある大学教員の日常茶飯

エヴァ芸人

2009年02月11日
 一昨日の晩に突然どっさり降った雪が、昨日の暖かさですっかり融けてしまった。今日は鳥のさえずりが高い。今年初めて春の気配を感じた。

 ところで最近、関西ではエヴァンゲリオン漫才の早希ちゃんというのがブレークしかけている(ような気がする)。

 きっかけは深夜の関西ローカル番組の一コーナーであるブログ旅というものだが、初めて見たときに思ったのは、いったいこの子は何ちゅう格好をしているのか、ということだった。(まあ、これも、今考えれば、エヴァのコスプレである。)

 次に驚いたのは、エヴァンゲリオン漫才という、無国籍といったらいいのか、アナーキーといったらいいのか分からんネーミングと、とにかくエヴァンゲリオンのものまねだけで成立しているという、その芸風のすごさであった。

 しかし、今は、やっぱり人間は気立てというか、人柄だなあ、と思っている。

 ブログ旅は、関西編が終わって、今は四国に行っているらしいが、これ以上追いかけるのは止めておこう。

 

 

 

 
ある大学教員の日常茶飯

近頃視たテレビ

2009年02月08日
  金曜日の晩だったか、宿舎に帰ると「隠し剣鬼の爪」をやっていたので、思わず最後まで見入ってしまった。
 山田洋次監督の藤沢周平もの三部作の中で私はこれが一番好きだ。

 主人公の片桐を演じる永瀬まさとしがいいし、きよ役の松たか子も悪くない。

 片桐がきよに庄内弁で不器用な愛の告白をするラストシーンも決まっている。

 こういうのを見ると、なぜ自分はもっとシンプルに生きられなかったのか、と思う。

 昨夜、「七人の侍」をBSで視た。やはり別格だと思った。

 木曜日、これもたまたまだが、「ありふれた奇跡」を途中から視た。陣内孝則と仲間由紀恵の絡みだったが、この二人にこれだけ切羽詰まった演技をさせるのは、やはり山田太一の脚本の力だと思った。来週も視よう。

 
ある大学教員の日常茶飯

4泊5日の研究会

2009年02月06日
 月曜から今日までの五日間、雲藤さんに東京から来てもらって熊楠書簡の検討会を行った。

 私は校務をこなしながらとびとびに参加しただけだが、朝から夜までの雲藤さんと神田君は本当にきつかったと思う。

 ここまでやってきて、まだ読めないで残っている文字は、難読中の難読文字である。難読道場で20年修行して、ついに栄えある難読免許皆伝となったような強者ばかりである。彼らの牙城をどれだけ突き崩せるか。この点に今度の出版の成否が掛かっていた。

 それで結果はどうだったかといえば、これがかなり読めたのである。

 もっとも私は、はなから熊楠の文字は私には読めない、を宣言しているから、今回はオブザーバーに徹した。仕事が進んだのは、ほかの二人の手柄である。

雲藤「ここに寿という字が見えるんですよねえ・・・□寿□□、いや、□寿因□かな。先生、寿因経なんて経典はありませんか?」
私「さあ、ないと思いますが」
雲藤「□寿・・・□寿・・・、あっ、童寿ってなかったですか、神田さん」
神田「童寿、ありました。鳩摩羅什の別名ですね」
雲藤「そうだ、これは童寿だ!それじゃあ、その下は□澄?これは澄じゃないかな・・・その上は円かな。円澄(えんちょう)?先生、円澄っていますか」
私「円澄といったら、最澄の弟子にいますね」
雲藤「いるんですね。すると童寿、円澄でどうかなあ」
私「でもこれ円に見えますかね。圓かな」
神田「圓じゃなくて図じゃないですか」
雲藤「図?図澄(とちょう)・・・」
三人「仏図澄だ!」

雲藤「やったあ!うれしいなあ!ほんとにうれしい!神田さん、ありがとう」
神田「雲藤さんが澄が読めたのが勝因ですよ」
私「いやあ、二人ともこんな文字がよく読めましたね。童寿、図澄で文脈的にもOKです」

というような次第で、ここに敵の砦がまた一つ落ちたのでありました。めでたし、めでたし。

まだ彼方に霞んではいるが、ゴールが見え始めた瞬間だった。




 



 
研究ノート
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