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2008年07月30日
 今日は久しぶりにとても気持ちのよい一日だった。

 原稿はここ数日さんざん苦しんだが、ようやく気持ちがプラトー状態に入り、われながらいい表現が出てくるようになった。ちょっと遅いのだが、何とか数日間の猶予がもらえたので、落ち着いて仕事ができる。
 
 高野山も日中は暑いが、朝夕は肌寒いくらいである。
 高山龍三先生から暑中見舞いのメールをいただいた。なに、なに、お暑いのはそちらでしょう。

 今日初めて蜩(ヒグラシ)の声を聞いた。前から鳴いていて、耳に入らなかっただけなのかもしれないが・・・
 
 
ある大学教員の日常茶飯

シンポジウム「万国宗教会議と日本仏教界」

2008年07月28日
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 下の写真とほとんど変わらないたたずまいだが、これは先週行なわれた龍谷大学深草キャンパスでのシンポジウム「万国宗教会議と日本仏教界」の一こま。
 この万国宗教会議は、1893年のシカゴ万博に合わせて開催されたもので、古代の伝説の宗教会議を除けば、人類最初の試みだった。
 シンポジストは三人で、龍大のアムスタッツ先生が宗教会議の全体像などを示し、私が日本から参加した土宜法龍に、龍大の嵩(だけ)先生が同じく八淵ばん龍に焦点を当てて話をした。司会は龍大の松居先生。みんな少しずつ持ち時間をオーバーしたので、他の参加者のみなさんとの質疑応答も含めて結構な長丁場になったが、最近仕事中毒になっているせいもあってか、ちっとも疲れなかった。
 いろいろ参考になったが、この課題は一朝一夕で済むようなものではないことを再認識。
研究ノート

シンポジウムの現場写真

2008年07月23日
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先週のシンポジウムの写真が、東京のK上さんから、神田君を介して送られてきた。謹んで掲載させていただきます。向かって左から蓑輪顕量、田中智岳、ロバート・ローズ、室寺義仁の諸先生。右端が私。
このシンポジウムの内容もおいおい紹介してゆきたい。
高野山大学の力

とにかく忙しすぎる

2008年07月19日
 とにかく、近頃の私は忙しすぎる。
火曜日、密教文化研究所の研究会。水曜日、教授会などの後、曼荼羅荘の住人友の会的飲み会。木曜日、非常勤。金曜日、密教研究会学術大会でシンポジウムの司会(これが私の不手際で3時間もやってしまった。参加者のみなさんに陳謝。結構おもしろかったけど)。今日は所用で下山。来週もスケジュールがぎっしり。今月末締め切りの原稿50枚がほとんど書けていないのに!!

そのくせ昨夜は、西南院での懇親会の後、今度東北大学の助教になった菊谷竜太氏(高野山大学出身)と遅くまで飲み歩いてしまった。

おまけに昨日のシンポジウムの会場に肝心のカメラを持ってゆくのを忘れるし・・・


ええい、なにくそ。これから御山に戻って原稿書くぞ。

ある大学教員の日常茶飯

密教文化研究所研究会

2008年07月17日
 一昨日の火曜日4時から、密教文化研究所の研究会が、京都大学東南アジア研究センター准教授の安藤和雄さんを招いて開かれた。
 安藤さんの発表題目は「「アティーシャのみたチベットの農村風景―2005年8月27日?9月3日の見聞記―」
 長年、バングラデシュを主要なフィールドに農村開発に取り組んできた安藤さんは、ベンガルが生んだ学僧アティーシャ(982?1054)に一際強い思い入れを持っている。「バテ、マチェ、バンガリー」(ご飯に、魚に、ベンガル人)、つまり米飯と魚料理がなければ夜も日も明けぬベンガル人が、60歳を過ぎて、そういう生活ができないチベットで、何を食べ、どのように暮らし、何語を話していたのか。アティーシャの足跡をたどり、彼が見たであろう風景を自分もながめながら、そういうことを考えてみたいと。
 今回の発表は、安藤さんが2005年8月末から9月初めに中央チベットで実施した調査の報告であった。いつもどおり、とても熱のこもった発表で、触発された人は多かったと思う。IMG_1025_convert_20080717221832[1]

研究会風景、じゃなくて、バングラデシュのドッキンチャムリヤ村の村祭りで演説する安藤さん

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ダッカ南方のビクランプールにあるアティーシャの生誕地を示す石碑には、近年、バングラデシュ駐在の中国大使によって中国風の石亭が作られた。
高野山大学の力

『春秋』創刊500号記念特別号

2008年07月13日
 『春秋』は春秋社のPR誌である。それがこのたびめでたく創刊500号を迎えた。その記念特集、春秋社の本棚「私の一冊」の中に拙訳『チベット文化史』がとりあげられている。紹介してくださったのは、正木晃氏だ。
 この本については前にも紹介したが、実際とてもいい本だと思っている。私がやったことは、翻訳し、訳注を付け、解説を加えただけだから、これは私の本ではないのだが、評価されれば、やはりわがことのようにうれしいものだ。
 正木氏は、紹介文の終わりに次のように書いている。

 訳文はみごとである。訳注のレベルも抜群だ。さすが専門研究者の手になるだけのことはある。貴重な図版が多々、掲載されている点も高く評価できる。この領域で本書を凌駕する書物の出現は、これからもほとんど考えられないとすら私は思う。

 そうとうに面映いが、正木氏のご配慮に感謝しておこう。
 いい仕事がしたい。つくづくそう思う。
読書案内

蛇になった男

2008年07月08日
 人文研で、「September 11」に収録された今村昌平の短編を見た。磯前先生が先月の発表の中で、タラル・アサドが注目していた作品として紹介したものだ。この映画、世界の著名監督11人が9.11をモチーフに、それぞれ9分11秒の小品を持ち寄ったオムニバス映画である。
 今村作品は、太平洋戦争末期の日本のある村で復員軍人が巻き起こす騒動を描いている。戦争から帰ってきたある男が、人が変わったというよりは、人間であることをやめてしまい、蛇のようにはいずって暮らしている。家族の呼びかけにも、「シャーッ」と威嚇で応えるだけ。ついには家を追い出されるが、そのことで村はかえってパニックに・・・最後のシーンで、滝つぼに水を飲みに行った妻が男に出会う。妻は「そんなに人間が嫌か!」と叫ぶが、蛇男は、何も応えずに、水の中に入ってゆく。
 まずキャストの豪華さにびっくり。丹波哲郎、柄本明、北村和夫、緒方拳、役所広司らがろくに科白もないちょい役で出ている。これは多分、監督の呼びかけに、今村組がノーギャラで集合したものと思われる。
 太平洋戦争と9.11をどう結び付けるか。キーワードは「聖戦」だが、それとは別に私が注目したのは、蛇男が結構のうのうとやっている点である。男が蛇になったのは、その方が楽だからに違いなく、その気持ちは、ちょっとだけだが、分からなくもない。
ある大学教員の日常茶飯

高山寺

2008年07月06日
高山寺山門


                   京都の栂尾山高山寺に行ってきた。3年半ぶりである。

境内


                     新しいことは何もしないのがこの寺のポリシーらしい。

石水院


国宝の石水院は屋根の修理中であった。本来の静けさを取り戻すにはもう少しかかるようだ。

お昼


                             冷やしうどん、おいしゅうございました。

籐の椅子


余計なものが何一つないことが、とてつもない贅沢であることに気付かされた。
ある大学教員の日常茶飯

密教文化研究所

2008年07月03日
 私は高野山大学の密教文化研究所の専従研究所員という立場にある。部屋は研究所の二階にあり、院生たちの部屋も近く、賑やかでよい。
 この研究所の初代所長は中野義照先生である。中野先生は東京帝大で高楠順次郎の薫陶を受けた。ついでに河口慧海にもチベット語を習った。その後のことと思われるが、先生は幸田露伴にサンスクリットを教えたことがあるという。
 露伴が習ったとすれば、文人仲間の淡島寒月も冷やかし位には来ていたかもしれない。いいや、そうでなければ、話はおもしろくない。寒月はインド神話にやたら関心を持っていたからである。そうして、中野先生と慧海との関係を考えれば、寒月の次なる有名な歌もひとつ違った陰影を帯びてくるように感じられる。

        我が心遊ぶはいづこカイラーサ
           山また山の奥にありけり

 ついでに言うと、中野先生を高野山大学に呼んだのは、高楠に頼まれた高野山大学教授の長谷部隆諦であったようだ。長谷部は、ベナレスに留学して、河口慧海の「菩提樹軒」にやっかいになっていた時に、訪れた高楠に会い、以来兄事するようになった。もっとも長谷部は東京専門学校の出身だから、高楠とは以前から面識くらいはあったかもしれない。
 高楠が慧海の案内でネパールに梵語仏典を探索に行く時、長谷部は志願して同行した。あまり金がなかったので、仁和寺門跡をしていた土宜法龍に電報を打って資金を援助してもらった。ネパール探検は法龍の希望でもあり、それは昔、法龍が南方熊楠と手紙で語り合った夢の一部でもあった・・・
とまあ、こんな具合に人間関係はずるずるとつながってゆく。
 
 
高野山大学の力

高野山大学の力 大学院生月例発表会

2008年07月02日
 例年この時期、火曜日の3時から大学院生の月例発表会が立て続けにある。昨日は、修士課程2年生のE塚君とU海君、博士課程1年のI部君の三人が発表した。
 この発表会、伝統的に院生会がすべて取り仕切っている。このところ大学院は大所帯になっているから、スケジュールの調整は大変だろう。
 われわれ教員は、いわばお客さんで、行くとお茶など頂きながら、あれこれと意見を述べる気楽な立場だが、やる方は真剣そのもので、目を真っ赤にして現われたりするから、これも彼らにはいい経験だ。
 どちらかを選べと言われたら、むしろもういっぺん院生時代に戻りたいくらいのものである。

E塚君
                      発表を翌日に控えて珍しく必死のE塚君
 
高野山大学の力
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