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傘回収 ついでに南方熊楠と仏教展

2008年06月30日
「夜、一同、JR京都駅前酔心にて飲む。ビール瓶を倒す事十幾本、うんどう、カンダ、先ず去る。花月、おくやましつこく長飲し、予もまたおおさわぎ・・・」

京大人文研の研究会に出かけたついでに、京阪を深草で下りて、龍谷大に行き、このあいだのシンポジウムの際に鍵つき傘立てに忘れた傘を回収してきた。ついでに先日は時間がなかった「南方熊楠と仏教」展を見る。
 なかなか深みのある展示でよかったと思う。おもしろかったのは、映像の中の熊楠の科白を松居先生が担当していたことだ。なかなか堂に入ったものである。次回は是非「なりきり熊楠」に挑戦してもらいたい。
 上掲の写真と文はそのサンプルとして作ってみたけど、どうでしょう。


 
  
ある大学教員の日常茶飯

高野山大学同窓会和歌山支部

2008年06月29日
 昨日、高野山大学同窓会和歌山支部の総会で講演した。題は「チベットと日本人―河口慧海を中心に―」である。
 その前に総会を傍聴して、支部の方々の日頃の努力に頭が下がった。同窓会長の真田師が神奈川からわざわざ駆けつけて下さった。
 嬉しい驚きがもう一つ。この支部の角谷(すみや)武夫さんからは、以前から、河口慧海縁の品々をお持ちであるとの電話連絡を受けていたのだが、今回直接お話をして、角谷さんが、角谷大三郎氏のお孫さんであることを知った。角谷大三郎は、慧海が明治30年6月にチベット旅行に出発する直前に訪ねてきて、死ににゆくようなものだから、やめなさい、と熱心に説得してくれた和歌山の判事である(『チベット旅行記』(一)、pp.31-32)。
 そのうちに、掛け軸や本などを見せてもらうことを約束した。
 講演は1時間15分ほどで終わり、その後、JR和歌山駅前の店で懇親会。二次会までお付き合いし、送られてホテルに戻ると、途端にバタンキューだった。至れり尽くせりで感謝の言葉もない。
高野山大学の力

評伝 河口慧海

2008年06月25日
☆カテゴリー「模擬授業」が「私の教育コンテンツ」に名称変更しました。割合最近加わった新カテゴリー「高野山大学の力」と共になにとぞ宜しくお願いいたします。

さて、拙著『評伝 河口慧海』(中央公論新社、2003年)です。出版された当初は、いろいろ書評が出て嬉しい限りでしたが、今日はそういう「昔話」をするつもりはありません。たまたま見つけた次のサイト、何とこの本が読売新聞のYomiuri OnlineのG+映像の「読みたい本だな」で動画になって紹介されているではありませんか!
取り上げてくださった読売新聞文化部の植田滋さんに感謝。それでは、ダンディーな植田さんによる本書の紹介を御覧下さい。

本画面左下のリンク「G+映像 読みたい本だな」、または

http://www.yomiuri.co.jp/stream/m_hondana/151.htm 

からどうぞ。


 

 
読書案内

「南方熊楠と仏教」関連講演+シンポジウム

2008年06月22日
シンポ

龍谷大学で開催中の「南方熊楠と仏教」展に合わせて開かれた講演+シンポジウムを聞きに行った。講演は種智院大学の頼富本宏先生による「南方熊楠と土宜法龍との対話」、シンポジウムは、写真のように、パネリストが頼富先生、雲藤等氏、神田英昭氏、司会が松居竜五先生である。どちらもかなり盛り上がったと思う。
同様のシンポジウムが来月2回あり、26日には私も出演しなければならない。テーマは1893年のシカゴ万国宗教会議。 ↘シンポジウムを前に余裕綽々の神田君
余裕の神田君
ある大学教員の日常茶飯

高野山大学の力 密教研究会学術大会

2008年06月20日
密教研究会ちらし

密教研究会は、密教研究を旗印にした全国学会である。もっとも母胎は高野山大学にあり、事務局もここに置かれていて、学術大会も、例年、高野山大学を会場に行なわれている。
今年は7月18日、19日に開催される。
初日にはシンポジウム「仏教新潮流と密教」があり、これは入場無料、どなたでも聴講、参加できるので、興味のある方はどんどん来て欲しい。
その趣旨は次の通り。

 現在アジアの、そして世界の仏教地図を大きく塗り替えるような新しい動きが澎湃として興っている。殊に社会参加を活動の柱とする仏教運動の台頭が著しい。このような世界仏教の新潮流に学びながら、密教と密教学の今後の方向性を考える。

 その内容は、

基調講演が大谷大学のロバート・ローズ先生、演題は「アメリカ仏教の新潮流―エンゲイジド・ブディズムを中心として―」
パネリストとしての参加者は、蓑輪顕量(愛知学院大学)、田中智岳(高野山真言宗国際交流センター理事)、室寺義仁(高野山大学教授)の各先生で、司会は私がうけたまわっている。

もともとこのテーマは私が出したものだが、当初の意図を遙かに超えた広がりを持つものになりそうな期待が持てる。今から楽しみである。







高野山大学の力

誕生日

2008年06月19日
 今日は私の52回目の誕生日である。誕生日は親に感謝する日でもあるという。誕生日だからことさらそうするというのも妙な話だが、この機会に、産み育ててくれた両親、そして支え続けてくれている妻と二人の娘たちにも感謝しておきたい。
 梅雨時に生まれたせいか、雨の中で咲く紫陽花が好きだ。
 紫陽花の葉にとまるカタツムリも愛らしい。
 遠い日の記憶の中に、幼稚園で習いたての紙のカタツムリを紫陽花の葉に乗せて遊んでいる私がいる。
ある大学教員の日常茶飯

トラと人文研

2008年06月17日
 地下鉄に乗ったら、目の前に広げられたスポーツ新聞の見出しにこんなのがあった。

    北新地のママ、阪神に苦情

なにごか、と思い、さらに覗き込むと、

   客の来店が遅(おそ)なるやないか

ふふん、何だそんなことか、と熊楠風にうそぶく。阪神タイガースは好調に走っているらしい。だが、まだ六月半ばである。ファンは今はむしろ、はやる気持ちを抑えて静かになっているはずである。ダメトラ時代に何度も裏切られた苦い経験があるからだ。それが大爆発するのは8月。狂熱の夏がやってくるというわけだ。それはそれで結構なことだが、何年か前の優勝の時のように、カニ道楽のカニが目玉を奪われたり、食い倒れ太郎が店内に避難するような騒ぎだけは止めてもらいたい。

というわけで、私は今日も京大人文研の研究会に行った。今日のメニューは磯前順一氏(日文研)の発表である。題は「ディアスポラの知識人 タラル・アサド―他者と共に在ること」
私にとっては新知識だが、かなり「予習」してきた若手などもいて、質疑応答は盛り上がった。いつものことだが、磯前氏の話を聞くと、こういうことも勉強しなきゃあ、という気にさせられる。明日、本を注文しよう。
ある大学教員の日常茶飯

青葉祭

2008年06月15日
 今日は青葉祭、つまり真言宗の宗祖弘法大師の降誕会の日で、さまざまな行事に全山が賑わった。

IMG_1617.jpg

  本山前駐車場の特設ステージからの餅撒きの風景。赤い傘の下、餅を投じているのは、管長の松長猊下。すごい勢いがあった。
ある大学教員の日常茶飯

南方熊楠「新出資料」その後

2008年06月10日
神田「たいへんです、新出資料が幻になりました」
私「エッ、また幻の資料が新出?」
神田「違います、おちついてください、新出資料が幻にです」
私「それはいったい、どういうことだ!?」
神田「今、松居先生からメールが来て、『南方熊楠邸資料目録』(田辺市南方熊楠邸保存顕彰会、2005年)、p.140〔書簡 2014〕に、親王院様所蔵の熊楠の書簡がすべて記載されていると」
私「何?『南方熊楠邸資料目録』というと、南方熊楠邸保存顕彰会による、田辺の熊楠旧邸に蔵されている資料に対する長年にわたる悉皆調査から生まれたあの画期的な目録のことかね」
神田「その通りです。何だか宣伝みたいですが・・・」
私「僕も一冊もらっているから見てみようじゃないか。どれどれ、おお、あるある、ハッハ。どうして気がつかなかったのかなあ」
神田「それにしても、どうしましょう、今度の密教研究会学術大会で〔新出資料〕として研究発表するつもりで準備していたのですが」
私「別に構わんじゃないか。口頭で訂正すりゃ。それにしても、南方邸にこういうものがあったこと自体興味深いものがある。誰が筆写したんだろう。それに幸い、今回の情報はまだ僕のブログにしか出ていないから大丈夫だよ・・・・」
神田「その少ないアクセスの中で、熊楠研究者の比率は実は高いんですけど」
研究ノート

服部科研報告書

2008年06月05日
 広島市立大学芸術学部の服部等作先生から科学研究費補助金の研究成果報告書が送られてきた。題して「チベット仏画制作センターにおける伝統技材用法と継承に関する研究」

 科研報告書

 服部先生は芸術的センス抜群の方で、編集にもそれが顕われている。超多忙な人なのに、科研のきりもりは、すっかりお任せしてしまい、こちらは「申し訳ありません」としか言えない。

 この研究は、平成16年―19年度の文部科学省科学研究費補助金基盤研究(C・2)によるもので、その内容は、中国青海省黄南蔵族自治州レプコン(同仁県)の工芸・絵画等の芸術制作の総合的調査である。
 報告書には服部先生と私がそれぞれ3編を載せている。服部先生の3編は、
 「本研究によるレプコン地方の工芸・絵画調査の概要」
 「レプコンにおける仏画調査」
 「アムドとカムの金属工芸と工房」
 最後の報告は、チベット族の金属工芸の伝統に関する先生のこれまでの調査研究の成果をまとめたもので、とりわけ貴重なものだと思う。

私の3編は、
 「『センション年代記』によるセンション村(吾屯)の起源」
 「ゴマル寺の壁画」
 「カサル村のタンカ」

 特に力を入れたのは最初の報告で、レプコンの住民のルーツに関わる彼らの自己主張を、年代記と寺院の壁画の分析を通して明らかにした。

 服部組の調査は、いつの場合も、おもしろく気持ちよい。是非また出かけたいものだ。



 
研究ノート
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