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明治のスリランカ留学生(2)

2008年05月02日
 ゴールフェイスの椰子30001
                ゴールフェイス・ホテル(コロンボ)の椰子の木
 
 釈興然の次にスリランカに留学したのは、臨済宗の釈宗演(しゃく・そうえん)である。
 彼は興然に半年ほど遅れてセイロン島南部の港町ゴールにやってきて、興然と合流した。「仏教の源流を探る」のが彼の希望だったようである。
 おもしろいのは、この二人が同じ僧院で暮らしながら、スリランカの仏教についてまったく違った見方をしていたことである。
 興然は、そこにブッダ在世当時のインドを見て大感激した。この感激がその後の彼の人生の方向を決める。ところが宗演は同じものを醒めた目で見つめ、決して美化しなかった。彼は、スリランカの僧侶たちを世の中の役に立たない「人民の食客」と見なしていた。イギリス人は仏教には寛容で、僧院・僧侶に課税せず、僧侶のなすことに一切干渉しないが、これも彼の見るところでは、仏教に心酔している人々を篭絡する手段であった。
 
研究ノート
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