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明治のスリランカ留学生

2008年04月30日
 スリランカは理屈ぬきでいいところだ。
 ただ私の関心は、明治時代にこの島に渡った日本人留学生たちにある。
 一番早い例は、明治19年秋に渡島した真言宗の釈興然(しゃく・こうぜん)である。彼は、セイロン島南部の僧院とコロンボの仏教学院で修行と学問に励み、3年半後に、おそらくは日本人で初めて、上座部の正式な比丘になった。彼のスリランカでの僧名はコーゼン・グナラタナである。
 7年後に帰国し、横浜の三会寺(さんねじ)に戻ると、ここを拠点に、日本に上座仏教を移植しようとした。この試みは結局はうまくゆかなかったが、スリランカ上座部と日本の大乗仏教の交流という仏教の歴史始まって以来の事業を推し進めた彼の功績は大きい。
 彼の寺には河口慧海や鈴木大拙も一時ワラジを脱いでいた。慧海などは、寺の業務を代行していたことさえあるらしい。
 こういうことは裏面史と思われがちだが、意外に日本近代仏教史の根幹につながっているてごたえを感じている。
 
研究ノート

スリランカのテロ 追記

2008年04月27日
 さっきニャーナ師から返事が来た。
 
 ご心配をどうも有難う。
 そうです。あの事件、私のオフィスと弟の家もある町、PILIYANDALA です。
 私も心配して、TELしてみた。私の関係のだれも心配ない。
でも夕方、仕事帰りのいっぱんの人が多く巻き込まれている。
 残念です。早く平和になってほしい。
 それでは又有難うございます。
ある大学教員の日常茶飯

スリランカのテロ

2008年04月27日
一昨日、ニャーナアランカーラ師が訪ねてきてくれた。ニャーナ師は、スリランカ上座部の比丘で、伊丹でスリランカ寺を営んでいる。高野山大学の大学院で学んだ人である。私は以前、師の弟さんのナンダセーナ氏の案内で、スリランカの各地を回ったことがある。

 話題の一つは、スリランカでのテロであった。先日、自爆テロで閣僚やオリンピック選手を始めとする多くの人々が犠牲になった。ニャーナ師は、亡くなった閣僚とは割合に親しい関係だったので、とても驚いているという。

 スリランカでは長いこと内戦が続いている。スリランカ政府と、北部のジャフナ県を根拠地とする反政府武装勢力「タミル・イーラム解放のトラ」との戦いだ。21世紀に入ってから、一時、ノルウェーと日本の仲介で和平交渉が持たれたが、しばらく前にこの交渉が決裂して、再び内戦状態に戻ってしまった。

 ニャーナ師によれば、政府の掃討作戦が効果を上げているというが、だからこそテロの危険が増しているとも言える。実際、今朝のニュースで、昨日、コロンボ郊外のピリヤンダラでバスが爆破され多数の犠牲者が出ていると報じられた。ピリヤンダラは、ナンダセーナ氏の家のある町ではなかったか!さっそくニャーナ師にメールを送ったが返事はまだない。

 かつてスリランカは「インド洋の真珠」と讃えられる美しくて豊かな島であった。それが今では「インド洋の涙」と呼ばれている。内戦の原因は民族・宗教対立にある。当然のことかもしれないが、問題を抱えているのはチベットだけではない。

夫婦の桜

     高野山ではまだ花見ができる。これは高野山大学キャンパス内の「夫婦の桜」
     さまざまな思いが込められた桜が植樹されている。
 

 

 
ある大学教員の日常茶飯

再び聖火リレー

2008年04月25日
 いよいよ明日、聖火が長野を走る。
 変なことにならなければいいが、と思う。反対も賛成も自由だが、粛々とやってもらいたい。中国政府がダライ・ラマとの接触を準備しているとの報道が流れたばかりのことでもあるし。

 先日、ある中国人と聖火の一件について話す機会があった。彼は中国共産党に対してはむしろ批判的だが、聖火リレーの妨害には相当熱くなっていた。日本のマスコミの報道は「亡命政府」寄りに偏っており、しばらくはNHKしか視聴したくないという。問題が大きくなるのを皆が喜んでいるように感じる、中国国内でのナショナリズムの高まりが心配だ、とも。
 この心配は、その後、武漢などでのデモとカルフールを標的にした不買運動の形で現実のものとなっている。

 
 
 
 
ある大学教員の日常茶飯

世界仏教の新潮流(3)台湾2

2008年04月23日
 仏光山を率いているのは星雲大師(1927年生まれ)です。星雲大師は中国江蘇省出身の臨済僧で、1949年に来島し、北東部の宜蘭(ぎらん)などでの布教活動を経て、1967年に仏光山を創設しました。
 それから40年、いまや仏光山は世界各地に200近い道場を持ち、アメリカと台湾で3つの大学を経営するグローバルな教団に成長しています。
台湾には、このほかにも、法鼓山、慈済功徳会、中台禅寺などの「改革的仏教団体」があって、それぞれに特徴的な活動を繰り広げ、台湾仏教界を活気付けています。
 仏光山の場合は、星雲大師の提唱する「人間仏教」の精神に基づき、仏陀の教えを現代人の生活に活かすことを目指して、次の4つの方針で活動しているとされます。
?文化をもって仏法を弘め、?教育をもって人材を培い、?慈善をもって社会に福利を与え、?共に修行することをもって人心を浄化する。10FH020034出家・在家の修行者合同の食事風景 仏光山

  出家者と在家のボランティアの合同の食事風景(仏光山)
私の授業コンテンツ

人文研研究会

2008年04月22日
 昨日は人文研(京都大学人文科学研究所)の研究会で京都に出張した。京都は歩けば汗ばむほどの陽気である。
 研究会というのは、田中雅一教授の主宰する「複数文化接触領域の人文学」だ。複数文化接触領域を英語で言うと、contact zoneとなる。
 何のことはない、このブログのタイトル「コンタクト・ゾーン亜細亜」もそこから頂いている。
 さて、研究会も3年目ということで、田中先生が中間報告をされ、これを基に意見交換がなされた。この2年参加させてもらって、最初は文化人類学的発想や用語に少々戸惑ったが、今は大分慣れたと思う。ここに来るといつもいい刺激がもらえる。
 夜、難波から特急で高野山に戻る。淀屋橋の本屋で若桑みどりの『クアトロ・ラガッツィ』の文庫本を見つけたので、それを読みながら帰った。
 これは天正少年使節を扱ったもので、内容の細かい点よりも、西洋美術史の研究者として有名な若桑氏がなぜこういう本を書いたのかという方に以前から興味を持っていた。
 プロローグを電車の中で何度も読み返した。そして、こうだ、こうでなくっちゃ、と思った。
ある大学教員の日常茶飯

鍵がない!!

2008年04月20日
 昨日は京都、大阪、奈良を駆けずり回り、夜遅く高野山に戻った。宿舎曼荼羅荘への坂道を上っている時に、恐ろしい事実に気がついた。
「鍵がない!」
 きっと家に置いてきた服に入れっぱなしになっているのだ。念のため、玄関のドアに手をかけたが、もちろんびくともしない。
 一度研究室に行き、対策を考える。ここで夜明かしするか、それとも。その時、ひらめいた。
「そうだ!K田君がいるじゃないか」
 さっそくSOSのメールを打つ。
「まあ、お待ちしますけど・・・」
 気持ちの滲んだ返事だが、あれこれ思いやる余裕はこっちにはない。すぐに、向かう。
行ってみると、もう布団など敷いてくれている。持つべきものは、こういう気のきいた年下の学友であることよ。
 朝、起きると、蕎麦が茹で上がっている。遠慮なく、かっこんだ後、さすがに「悪かった」と良心がとがめて、早々に辞去する。
「それじゃ、今夜あたり、また来るからな」
素直じゃない私であった。
ある大学教員の日常茶飯

世界仏教の新潮流(2)台湾1

2008年04月17日
 まず近年活況を呈している台湾仏教を取り上げます。
1FH020016仏光山の全景kore

 これは仏光山です。
 仏光山は、台湾南部の中心都市、高雄から南に35キロメートルほど離れた高雄県大樹郷にあります。竹林に覆われた山の斜面を切り開いた、広さ約30万坪の敷地に、大雄宝殿を始めとする仏殿群、高さ約32メートルの接引大仏に加えて、道場、学校、図書館、美術館、博物館、宿泊施設、食堂、売店などが立ち並ぶその景観は、さながら一大仏教ランドの趣を呈しています。実際、ここは台湾南部を代表する宗教観光の名所になっているようです。
 この大伽藍を半日かけて案内してくれたJ法師は、仏光山内の叢林学院を卒業してから、京都の大学に留学した経歴を持つ尼僧でした。台湾では僧侶全体に占める女性の割合が非常に高く、四人に三人とも、男性僧侶の五倍ともいわれています。しかも近年は大学・大学院を出た高学歴女性の出家が目立つようになってきました。
 この点をJ法師にたずねてみると、一昔前までは台湾における僧侶の社会的な地位は低く、出家するといえば親族は大反対したものであるが、改革的な仏教団体の社会活動が評価されるに連れて、出家しやすい状況が生れている。しかし男性は、家を継がなければならない立場にあるためか、簡単には出家できないようだ、という答が返ってきました。
 実際、仏光山でも、また後に訪れる法鼓山でも、教団が行なうさまざまな活動の先頭に尼僧が立っている姿が見られました。台湾では、尼僧は一つの職種として、女性に社会進出の足場を提供しているように見えます。
私の授業コンテンツ

世界仏教の新潮流(1)

2008年04月16日
 今アジアの、というよりは世界の仏教地図が大きく変わろうとしています。
 ここしばらくの間、世界仏教の中で最もインパクトのある存在は、ダライ・ラマに率いられたチベット仏教でした。
 それを今や、台湾の新興仏教団体やベトナム生まれの「エンゲイジド・ブッディズム」(社会参加する仏教)が追いかけています。近年、上座部の教えと瞑想法が日本でも盛んに紹介されるようになってきたのは、上座部僧侶のグローバルな活動がようやくわが国にも及んできたということのようです。
 中国では仏教を含む諸宗教の復興が著しく、インドからはネオ・ブッディスト(新仏教徒)の急速な増加が報じられています。目覚しい経済成長を続けるこの両大国の中で、仏教が今後どのような展開をたどってゆくかは目が離せないところです。
 このような仏教の世界的活況は今後ますます増幅され、やがてアジアを中心に仏教ルネサンス前夜とも呼ぶべき状況を生み出してゆくのではないかと私は考えています。
 この授業では、こうした動きのいくつかを取り上げて、その特徴や可能性について考えてゆくことにします。一時出家のため剃髪を受けるミャンマーの小学生2

一時出家のため剃髪を受けるミャンマーの女子小学生 母親たちが見守っているが、自分の番を待つ少女たち(右)は不安を隠せない。

 
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ダイエット

2008年04月14日
 私はデブである。
 ところが今年の1月から一念発起して始めたダイエットが成功し、7キロ痩せた。おかげで体が軽い。回りの人に「痩せましたね」と言われるのも、嬉しい、気分がいい。
 今まで、チベットや青海に調査に出て、痩せたことはある。しかしこれは標高2000から4500メートルの高原地帯を一昼夜に自動車で700キロメートルも進んだりする無茶苦茶なスケジュールと、下痢を警戒して食事をセーブすることに起因していたから、それが終われば、また元の木阿弥だったのだ。
 しかし今度は違う、と私は公言してはばからない。やり方は、いたってシンプルで、食べない、の一語に尽きる。一日に食べるものをいっぺんに買ってしまって、それでガマンする。私はこれを「総量規制」と呼んでいる。若い人は真似しちゃいけませんよ。
 最近は胃が小さくなってしまって、このあいだ高田馬場のインド料理屋でM居さんとカレーセットを食べた時も、M居さんが、ビールの小瓶1本、ワイン2杯を飲み干しながら、セットを平然と平らげたのに対して、こちらはビールの小瓶を2本飲んだら満腹になって、ついにナンを食べ残してしまった。食いしん坊の私にはかつてなかったことである。
 もっとも同僚の中には、Iさんのように、私のリバウンドを心待ちにしているけしからん連中もいる。この間、油断して1キロ増えたと報告したら、手を打って喜んでいた。
 またビールのおいしい季節がやってくる。これからが正念場である。
 
ある大学教員の日常茶飯
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