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笑おう

2020年04月05日
ストレスは免疫システムにも悪影響を与える、らしい。こんな時だからこそ、せめて一時、忘れて笑おう。

1.故志村けんさんのコント
2.ミルクボーイの漫才



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訃報

2020年03月31日
このところ雨続きで、よけいに気が滅入る。

毎朝、起床前にスマホで新型コロナウィルスの発生状況をチェックするのが習慣になってしまった。

昨日の午前中、結果的に3時間を超える長丁場となった会議が始まる前に、志村けんさんの訃報を聞いた。大分悪そうだという報道はあったが、まさか亡くなるとは思わなかった。70歳はいかにも早すぎる。病床から生還してその体験を語ってもらいたかった。ご冥福をお祈りします。


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ペスト1896

2020年02月27日
1896(明治29)年からボンベイ(現ムンバイ)でペストが大流行した。それは、天台宗の大宮孝潤(おおみや・こうにん)がセイロン(現スリランカ)のコロンボから送った報告によれば、100万都市ボンベイの住民のうち35万人が地方に避難し、死者は毎日数百人を数え、火葬に必要な薪の値段が10倍に高騰するほどの猖獗ぶりであった。
当時からボンベイには日本人が住んでいた。日本公使館や三井物産などの駐在員とその家族もいれば、「唐行きさん」のような女性たちもいた。前者ならばマラバールヒルのような高級住宅街で息を潜めることもできるが、後者の生活圏はインドの庶民のそれとまったく変わらない。いずれにせよ、彼らがこの恐ろしい状況をどう耐え忍んだかは想像もつかない、と思ってきたが、最近の新型肺炎の流行で僅かながら実感できる気がしている。

ちなみに大宮はこの年の初めにボンベイに着き、11月にコロンボに転学した。ペスト蔓延の折から、ボンベイからコロンボへの直行便が停止されていたため、彼はチュチコリンまで行って乗り換えようとした。ところがそこで検疫のために10日間留め置かれ、その間にコレラが発生して渡島ができなくなった。そこでマドラス(現チェンナイ)まで汽車で行き、ようやくコロンボ行きの船に乗ることができたのであった。
隔離と移動制限、これが今も昔も防疫の基本であることが分かる。

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訃報

2019年11月26日
11月26日(火)
12時近くになり、そろそろランチに行こうかと思っていた矢先、外部から電話がかかってきた。〇先生から、ということで電話に出たが、〇先生のご家族であった。一瞬、え、まさか、と思ったら、その通りであった。〇先生が3日前に亡くなり、ご本人の遺志で、通夜、本葬ともご家族だけで済まされたとのことであった。3日経ってようやく諸方に連絡を始めているという感じが伝わってきた。

私にできることがあれば、何でもしますから、連絡してください、と言うのがやっとだった。

間もなくM田さんから電話がかかってきた。関空に降りてすぐに知ったらしい。仕事関係の連絡はM田さんがするとのことであった。
午後、N村さんに連絡。これでS市の必要な部局には知らせが届くはずである。しかし、今ヒマラヤに入っているI氏がこれを知るには相当時間がかかるだろう。私は、〇先生がもういらっしゃらないことを、これからじっくり噛みしめることになるだろう。








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お見舞い

2019年10月31日
首里城の火災。わが目を疑うような光景。

高野山の根本大塔も金堂も焼失しては再建されるを繰り返して今日まできた。大塔も金堂も昭和初期の建物だ。焼失の主な原因は雷火である。これまで私は学生諸君にしばしば言ってきた。昔は再建に途方もない時間と労力がかかったはずだ、しかし、何度焼けても、同じところに同じ意味ものを立て直してきた、この精神が高野山を1200年続かせてきたのだ、と。

首里城もまた同じではないか。
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