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植物帝国主義

2020年07月10日
川島昭夫先生の『植物園の世紀 イギリス帝国の植物政策』(共和国)が送られてきた。それがお弟子のS氏の配慮であることはすぐにわかったので、礼メールを出しておいた。

装丁がなかなか凝っている。カバーをめくると、戦艦バウンティ号の叛乱の図が出てくる。この場合肝心なのは、船の上に控えめに顔を出している樹木である。これがパンノキで、バウンティ号はそれをタヒチからカリブ海に運ぶために仕立てられた船であることが分かるのは、本書の第7章を読んだ時だ。

この内容であれば、カラー図版を多用した大型本にすることも可能であったろう。このコンパクトさは、著者の粋なセンスの顕れなのかもしれない。

セイロン島中央部のペーラーデニア植物園を訪れたのは、ずいぶん前のことであるが、その時の印象はまだ消えずに残っている。植民地の植物園というものは、単なる庭園趣味や研究のためにあった訳ではなかったのだ、と。

川島先生との接触は、熊楠関係の研究会などでたまに顔を合わせる程度の淡いものであったが、この本を前にすると、当然のことながら、もっと話を聞いておくべきだったという感は深い。「あのおっちゃん、こんなことやって楽しく遊んではったんやなあ」
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宮脇俊三:インド鉄道紀行

2020年06月14日
Gさん疲れの1週間であった。普通なら御山に泊まるはずの水曜日に堺に戻ったのもその一つで、いざとなったら真夜中でも梅田阪神前に急行しようと待機していたのだから、われながらご苦労さんのひとことである。木曜日にはサテライトに講義に行ったついでに、PCを梅田のホテルに届けた。そんなこんなで週末の帰宅が土曜日になった。夕方、ビールを飲みながら「雲霧仁左衛門」を視て、早めに就寝したが、やや飲み過ぎたためか、夜中に目が覚めてしまった。そこで仕方なく、本棚から当てずっぽうに取り出したのが、この本である。これはずいぶん前に買ったきり、そのままになっていたものだが、一度読み出すとなかなかおもしろい。

私もインドとのつきあいはそれなりに長いので、鉄道は何回も利用している。おまけに著者がガイドに雇ったポール氏は、私も一度ブッダガヤ―までガイドを頼んだことがある。しかもその後何年かして、カルカッタのダムダム空港の駐車場でばったり再会している。というわけで、一度調子が出ると、どんどん読み進めることができた。

インドは鉄道王国である。私が特に興味を持っている19世紀後半から20世紀初頭のインドでも、鉄道は大活躍していた。河口慧海も大谷探検隊の隊員たちも、インドでの長距離移動は鉄道を利用していた。終戦直後のこと、西川一三が仲間のチベット人と無賃乗車したのがばれて、「バボー、ブッダガヤ、バボー、ブッダガヤ」と車掌を拝み倒して許してもらったのもこの鉄道であった。

著者(故人)は著名な鉄道作家で、世界中の鉄道に乗りまくったらしい。鉄道の基本は世界共通だから、その説明には安心して従うことができる。この意味でも勉強になる本である。
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陰謀、陰謀論、陰謀論論

2020年03月10日
陰謀とは、人知れず企てられたよからぬ計画を意味する。陰謀論とは、歴史上の大事件などを陰謀という観点から解釈説明しようとするものである。例えば、明治維新の陰には○○の資金が動いていた、など。そして陰謀論論とは、陰謀論を批判的に論ずるもの、とひとまず定義しておこう。

呉座勇一氏の『陰謀の日本中世史』(角川新書)は陰謀論論としておもしろく読むことができる。もっとも、私は本能寺の変と結論部だけを読み、それ以外に読み進めていない。呉座氏自身、本能寺の変を陰謀の真打と呼んでいるから、これでも許してくれるだろう。

光秀の謀反の動機については、怨恨説、野望説、黒幕説、勤皇説など諸説ある。陰謀論が幅を利かせるのは、専ら黒幕説、つまり光秀の背後に共謀したり、そそのかしたりした者がいたとの説においてである。その黒幕にも諸説あって、朝廷、足利義昭、羽柴秀吉、徳川家康、はてはイエズス会までが黒幕認定されている。なかなかの活況なのである。呉座氏は、こうした説を次々に斬りながら、陰謀論の法則めいたものをいくつか引き出していて、これがなかなかおもしろい。その中に、事件によって最大の利益を得た者が真犯人と考える、というのがある。秀吉や家康を黒幕とするのはこの発想である。実は我々も日々こういう発想をしがちであり、この指摘はその戒めになるだろう。

ちなみに氏自身は、突発的単独犯行説を取っている。つまり、たまたま転がり込んできたチャンスをものにすべく動いた、ということである。その背景として、最近斯学で注目されているという信長の四国政策の転換を挙げるが、この辺は私には専門的過ぎて興味がわかない。ただ、光秀がこの時何歳であったかは重要に思われる。ドラマの影響か、秀吉と同年配の働き盛りをイメージしがちだが、実は、かなりの老境に達していたとの説が有力だそうで、事実とすれば、動機の解釈も自ずから違ってこよう。

光秀が本能寺を襲った理由のひとつは、信長の「唐入り」を阻止するためだったという説もある。そういえば、大河ドラマ「秀吉」でも、「唐入り」どころか、天竺までも制覇する夢を語る場面があったと記憶する。これだと、光秀は太平の世を招来するために謀反を起こしたとの説明が可能になり、「麒麟」のテーマと合ってきそうな気もするのだが、どうだろうか。
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新年度が始まって1週間

2017年04月10日

4月3日(月)に新年度が始まって1週間、また学内で部屋を移ったことも手伝って、落ち着かない日々を送っている。慣れないことをしていると、時間はゆっくり流れるものだ。


昨夜は気になることがあってよく眠れないので、本を読んでいたら窓の外が白みはじめた。

 

 ジラルデッリ青木美由紀著『明治の建築家伊東忠太 オスマン帝国をゆく』(ウェッジ、2015)


本書はオスマン帝国内を建築行脚した8ヶ月を中心に伊東忠太の世界旅行を追ったもので、トルコ在住の美術史家らしい知見がいろいろと示されている。あわせて参照すべき図書に、青木氏も関わった

 

  The Crescent and the Sun: Three Japanese in İstanbul. İstanbul, 2010


の図録がある。私はこれを一昨年イスタンブルを訪れた時に買った。あの時は学会がメインの短期滞在であったため、スレイマーニエ・ジャーミイすら見学する余裕がなかった。16世紀トルコの大建築家ミーマール・シナンの傑作である。その後、テロの横行でちょっと遠くなった感じもあるが、私にとってイスタンブルは相変わらず憧れの都である。

DSC_0495_convert_20170410192329.jpg

*ガラタ橋から見たスレイマーニエ。


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吉村昭『冬の鷹』

2015年06月17日
土曜日、泉ヶ丘の紀伊國屋書店に文房具を買いに行ったついでに、何か一冊と思い、つい吉村昭の『冬の鷹』(新潮文庫)に手を出してしまった。この忙しいのに、この晩はそればかり読んでいた。この小説を読むのは初めてではない。今から30数年前、法学部の友人の先輩から、これがいいという話を聞いて、読んだことがあった。

この小説の主人公は、『ターヘル・アナトミア』(邦題『解体新書』)の実質的な翻訳者である前野良沢である。彼の生き方が、同じくこの書の翻訳・出版に携わった杉田玄白の生き方と対蹠的に描かれる。むろん著者の思い入れは、本書の出版によって功成り名遂げた玄白よりも、不完全なものに訳者として名を残すことを拒否し、世間的な栄達に背を向けて、蘭学者としての道を追究していった良沢の方に深い。前に読んだときには、私も同感だった。しかし、今回は読後感が少し違ったものになった。ひたすら自己に沈潜し、清貧に生きることは、美しいが、エゴイスティックでもある。『解体新書』そのものの価値を考えれば、「とりあえず出しちゃう」決断をした玄白さんの方がよほど偉いともいえる。また、玄白は、結果的には富と後世まで残る名声を手に入れるのだが、当初は蘭書の出版主として、良沢よりも遙かに大きなリスクを踏んだのである。

ともかく、この二人に、中川淳庵、桂川甫周を加えた学者グループの、『ターヘル・アナトミア』との静かだが息づまるような闘いは、読み応え十分である。これも(調査力も含めた)筆力だなあ。
読書ノート
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