FC2ブログ
07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

また東京出張

2020年02月22日
2月20日(木)
東京に出張。品川駅構内のこぎれいな蕎麦屋で昼食を済ませる。元来、私は車中で駅弁を食べるのが好きなのだが、この御時勢、新幹線内での飲み食いははばかられた。S駅西口で他の人々と落ち合い、バスで現場に向かう。いつも通り、温かく迎えてもらった。しばし前回の調査の結果説明と今後の相談の後、資料の確認を2時間ほどしてから辞去した。
S駅まで戻り、一行と分かれて一泊。昨日は朝のラッシュが収まった頃に行動を開始し、あれこれ資料の収集に努めた後、いつもよりは早めに帰途についた。
泉ヶ丘まで帰り着くと、駅中薬局にマスクを買い求める人々の列ができていた。私も一瞬並ぼうかと思った。群集心理というのは恐ろしいものである。それでも、列ができるということは多少の入荷はあるということである。試しにアーケード街の角の薬局に入ったら、品薄ながらもマスクはちゃんと置いてあった。まあ、こんなものである。
こんな時期、家で大人しくしていたいが、年度末で予定が立て込んでいる。できることは、マスクと手洗いぐらいしかない。



フィールドワークの記録 | トラックバック(0)

宇都宮にて

2020年02月01日
2月1日(土)
科研の調査で宇都宮に来ている。宇都宮で降りたのは初めてである。訪問先は真福寺、河口慧海の弟西河宝山(岩吉)が住職を務めた黄檗宗の寺院である。駅から2キロの道のりを歩いて、ご住職の海野師に迎えられた。海野師は気さくで実に話しやすいお方であった。お会いするのは久方ぶりであったが、真福寺所蔵の慧海の手紙を研究した際、とてもお世話になっている。

思い出すのは、大学の同級生には栃木や群馬の出身者が多かったということである。その中に宇都宮出身の女子学生が3人もいて、みんなそろって勉強がよくできた。最近、K村先生の「温かいご配慮」のお陰で、私は関西地区の同窓会の役員を引き受けることになった。来月の初めに会合があるから、「出るべし」という「ありがたい」はがきまで頂いている。行けば、同級生たちの消息も知れるだろうか。

さて、真福寺で、海野師に慧海・宝山関係の資料を見せてもらいながら、いろいろお話を伺った。私はこの寺を訪れたことがないことを心のどこかで苦にしていたので、本日お参りが果たせてとてもよかった。終わって、車で駅前まで送ってもらい、宇都宮名物の餃子でニンニクを補給してから、東口のホテルに投宿した。

明日は西那須野まで行く予定を立てていたが、悪疫の流行が懸念されるこの頃、うろうろしていないで早めに関西に戻ることにした。東京まではもどる時間があったが、人混みの中に入るのがいやだったので、結局、宇都宮泊となった。




フィールドワークの記録 | トラックバック(0)

寒い北鎌倉

2020年01月19日
1月19日(日)
昨日9時前にホテルを出て、横浜経由で鎌倉に向かった。
冷たい雨が降っている。ホテルを出た時には風が強く、ホテル内のコンビニで買った傘が危うく裏返りそうになった。

IMG_4761_convert_20200119090543.jpg
*円覚寺の参道を横須賀線が横切っている。

北鎌倉駅のプラットフォームは、小さな駅の割にとても長かった。駅を出てまず東慶寺を訪ねる。東慶寺は釈宗演が住んだ寺である。ここのご住職とはメールで情報交換をしたことがある。宗演は言わずと知れた日本近代の著名な禅僧である。私は、宗演のセイロン留学時代に関心を向けてきたが、元来それで済むような人物ではない。門前には、「漱石参禅百年記念」なる記念碑があった。
つづいて円覚寺を参拝。円覚寺は東慶寺とは目と鼻の先にあった。こういう距離感は、実際に現場を踏まなければ分かるものではない。雨は小雪に近くなっている。境内を仏日庵まで登る頃にはすっかり体が冷えた。駅前にもどって蕎麦屋に入り、温かい天ぷら蕎麦で体を温めた。

天気がよければ鎌倉まで足を伸ばしたいところであるが、こんな日に無理は禁物である。
大阪に戻ったのは、予定より早い4時前であった。新阪急ホテル1階のラウンジでH氏と待ち合わせ、2時間ばかり話をしてから帰宅した。




フィールドワークの記録 | トラックバック(0)

京都の秋

2019年11月13日
11月12日(火)
秋の一日を京都で過ごした。S先生のお導きにより、K寺に資料を拝見に行ったのである。午前11時に京都駅正面入り口でCさんと落ち合い、地下街でお昼に蕎麦を食べてから、12時半発のJRバスに乗った。途中でS先生が乗り込んでくる。S先生とお話したのは、真福寺でのシンポジウムの打ち上げ以来だからもう10年以上前になる。その時も確か同じ話題が出ていた。それが、何年も経ってから、こういう形で動き出した。私たちはまさに縁起の世界に生きている。

京都駅からK寺近くのバス停までは50分ほどかかる。山間部の秋は深まっていたが、紅葉の盛りまではまだ10日ほど間があった。K寺も去年秋の台風で大きな被害を受けた。そうは聞いていたが、鬱蒼としていた境内の杉林が切り株を残して大分消えているのには驚いた。今そこに重機が入って復旧工事をしている。これには補助金が出るようだが、お寺の負担もかなりのものだろう。

山主さんと執事長さんにご挨拶した後、段ボール箱に入った資料を2時間ほど拝見した。終わって後片付けを見届け、お寺を辞して、5時過ぎのバスに乗った。バスは渋滞にひっかかって大分遅れたが、その間中、CさんはS先生とお話をして助言を受けた。私は前の席でうとうとしていた。気持ちが洗われるような一日だった。
IMG_4450_convert_20191113145354.jpg
*清滝川の清流は昔も今も。

IMG_4453_convert_20191113141009.jpg
*JR京都駅の駅ビルに映る京都タワー




フィールドワークの記録 | トラックバック(0)

フォーラム二日目、そして帰国

2019年09月19日
9月15日(日)
フォーラム二日目。昨日とは別の大講義室を会場に、分組論壇と称する個別の発表があった。サラオ教授の"Silk Road, Arabs and Buddhism in Early Medieval Western India"、胡教授の「4-5世紀印度仏教僧侶的南海航行」を始め興味深い発表が続いた。
学内でのランチの後、図書館見学があった。新しい設備の整った図書館で、利用者サービスも行き届いていることが感じられた。
IMG_3983_convert_20190920084916.jpgIMG_3972_convert_20190920084941.jpg
*デザイン感覚あふれる図書館内部。さまざまな学び方ができるように工夫されている。

午後のセッションが終わるとフォーラムも終幕である。場所を変えて、関係者だけの打ち上げの晩餐会が開かれた。三日連続で、こちらはありがたいばかりだが、学愚先生とそのスタッフのこの間の労力は心身ともに大変なものだったと思う。スタッフは若い女性ばかりで、聞いてみると中文大学の卒業生である。本当にお世話になりました。最後はやっぱり白酒の乾杯になり、私も自分を抑えつつ何杯か飲み干した。多少酔いを感じたが、それはとても心地よいものであった。

9月16日(月)
10時半にホテルに車が来て、空港まで送ってもらった。韓国東国大学の朴先生と一緒だった。朴先生は中国と台湾で8年勉強した人で、発表は慧超の『往五天竺国伝』についてであった。
朴先生とはチェックイン前に別れ、早めに出国手続きをして、ランチを挟んで免税店でお土産を物色した。旅費の精算などで財布に香港ドルが溜まっていたが、次にいつ香港に来られるか分からないので、お土産を買った残りは、手数料が高いのを我慢して、全部日本円に換えてしまった。

3時20分発予定のANA機は、整備の都合で1時間遅れで出発。ワインなどたしなんでいるうちに関空に着いた。







フィールドワークの記録 | トラックバック(0)
 | HOME | Next »