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公式行事の日

2018年02月07日

1月30日 朝、荷物をまとめ、ホテルをチェックアウトする。私は今夜、公式行事が終わったら一人だけ早く帰国するのである。2月2日に通信制大学院の修士論文の口述試問がある。飛行機が遅れた場合でも何とかできるように、1日の余裕を見たのである。

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*インド門の朝


最初に行ったのは、在ムンバイ日本総領事館である。私にとっては3年ぶり、2回目の訪問である。ここで経済関係のプレゼンテーションを見てから、別室で昼食会。発言の機会をもらったので、これまでの経過を話し、知事にさらなる協力をお願いした。次は州政府訪問。続いて州知事公邸訪問。アラビア海に面した広大な敷地であった。最後はメインイベントである州の迎賓館での行事に列席。それが9時過ぎに終わると、私はO西さん、K課長に見送られてムンバイ空港の第二ターミナルに直行した。

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*マリンドライブの夕(バックベイを隔てて高層ビル群が見える)

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*知事公邸の黄昏


香港での乗り換え時間が1時間10分しかないのが懸念材料だった。飛行機が30分遅れるなどざらである。香港空港は大きい。乗り換え時間は多い方がいい。同じ会社だから大丈夫だろうとは思うものの、多少の緊張は伴う。ところが驚いたことに、飛行機は30分も早く香港に着いてしまった。あとは余裕であった。


翌日、午後大学に出て、5時限目に補講をひとつ。次の日は試問、試問、試問、補講、判定会議というスケジュールで、いっきに現実に引き戻された。


追加:今回も和歌山県職員のみなさんに大変御世話になった。彼らの努力によって、マハーラーシュトラ州では、日本といえばまずWakayamaというほど和歌山県のプレゼンスは増している。





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ムンバイ見学2日目

2018年02月07日

2月7日(水)

朝大学に来ると、雪かきしていた用務員さんが、「冷たいですねえ。さっき、ボイラー室の前でマイナス7度でした」という。「春は近いですよ」と答えた。


1月29日 午前中、本山から参加のK課長といっしょにマハーラクシュミー寺院を訪ねる。ムンバイ最古のヒンドゥー寺院だという。門前町が賑わっていてまことに結構なお寺であった。次は日本山。私は連日の訪問になるが、一度K課長を案内したかった。一種の幼稚園と考えていいのだろうか。子どもたちが歌で歓迎してくれた。

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昼食はコラバまで戻って、「フード・イン」で定番タンドリチキンを食べた。こちらは別に「フード・イン」でなくてもよかったのだが、ウメーシュさんは外国人を案内する適当な場所が他に思いつかなかったのであろう。インドに来ると食べ過ぎて困る。なお、こういう費用はすべてMTDC持ちである。中国と同様、お客さんには金は払わせないのである。ということはつまり、彼らが高野山に来た時には逆のことをしなければならない。


食後はまずVT、つまりヴィクトリア・ターミナス(旧称。現チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス)を見学した。3年前にもこの建物の前で写真を撮ったのだが、その時は中には入れなかった。ウメーシュさんに聞くと、大丈夫というので、特にリクエストしたのである。時刻は3時頃で、駅の構内は比較的空いていた。これがラッシュアワーには前へ進むのが困難なほどの混みようだという。

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*建物が大きすぎてこれだけ離れても全部は入らない。

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*壁の動物・怪物たちが迎えてくれる。

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*構内の柱の根本もこの通り。

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この有名なターミナスは、明治のインド留学生たちもよく利用した。ベナレスで熱病に罹った清水黙爾(しみずもくじ)が、大宮孝潤(おおみやこうにん)とデイヴィッド・スプーナーに付き添われて着いたのもこの駅、マドラスから転学してきた東温譲(ひがしおんじょう)がボンベイに第一歩を印したのもこの駅である。


VT見学の後は、ボンベイ・ストアという物産店に寄ってもらって、お土産に象の絵を買った。ホテルに戻ると、明日の公式行事に備えて通訳として参加のMさんが着いていた。夕食は、山下さん、Yさん親子、Mさん、K課長といっしょに再び「フード・イン」で食べた。この店はホテルから歩いてゆけるので何かと便利なのである。多く頼みすぎて食べ残しが出たのが残念だった。タンドリチキンはハーフで丁度いい。


部屋に戻った後は論文に目を通す。帰国後、一日おいて2月2日に口述試問があるので、私は論文を3本も鞄に入れてインドまで来たのである。どれも大作なので、読むのに骨が折れる。なお、このタージマハル・パレスはサービスが行き届いていて実に心地よかった。例えば、レストランで朝食を食べていると、「味はどうか」とか「何か他に入り用はないか」などと尋ねてくる。それがちっとも煩く感じない。あくまで上品で控え目である。滞在2日目にDo not disturbのボタンをまちがって押してたために、部屋の掃除がされなかった。別に気にも留めていなかったが、夜になって、従業員がやってきて、掃除をしましょうか、と言う。高級ホテルとしては当然かもしれないが、ちゃんとチェックしているのである。

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*タージマハル・パレスのロビー


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チョパデ氏との会談

2018年02月05日

2月5日(月)

全国各地と同様、今冬は高野山も雪が多い。

さて1月28日、午前中はムンバイ最大の博物館チャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハーラヤを見学した。この博物館はタージマハル・パレスからは徒歩圏内にある。昨日と同様、ウメーシュさんが前もって連絡を取ってくれたお陰で、学芸員の解説を聞くことができた。大きな特別展をやっていることもあって、一度ではとても見切れない規模であった。

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ホテルに戻り、ロビーで山下さんとお昼の相談をしている最中に、同じロビーにチョパデ副学長がおられるのに気がついた。約束は2時からだったが、シェーカルさんも交えて早速会談。現地でシンポジウムを開催する方向で話が進む。県とMTDCが間に入ってくれるというのは心強かったが、来年度の課題がひとつ増えたのは確かである。

会談は短時間で終わり、チョパデ一家が去った後、みんなで食事にでかけた。案内されたのは、ムンバイ第一の海鮮レストランという「トリシュナー」である。確かに蟹味噌は絶品だった。

午後は再びウメーシュさんと一緒に行動。まず日本山妙法寺に森田上人を訪ねる。あいにく上人は午睡中だったが、しばらくすると起きてきてくれた。3年ぶりで話がはずむ。

その後、ヒンドゥー寺院をふたつ見学してホテルに戻った。夕食は、州政府高官のM氏の招待を受け、氏の官舎で家庭料理をいただいた。官舎は州政府の建物のすぐ近くにあるが、芝生の庭が広く、大都会のど真ん中とは思えない清々しい環境だった。

M氏は禅に興味を持っており、隻手音声の公案などにも触れて話をした。イギリス統治時代からの伝統だろう。インドは官僚制の強いお国柄である。マハーラーシュトラのような巨大州で、官僚のトップに上り詰める人物は、教養の幅も広いものだと感心した。


フィールドワークの記録

ムンバイ見物1日目

2018年02月02日

2月3日(土)

昨日は、朝から通信の修士論文の試問を一人90分で3つ連続こなす。その後、補講をやり、判定会議に出たあと、昼・夕兼食を取った。さすがにそれ以上仕事はできず、曼荼羅荘に帰った。


さて、1月27日(土)朝、ホテルを出た車はムンバイの中心地へと向かった。最初に訪れたのは、バブ―アミチャンド・パナラル・ジャイン・テンプルなどふたつのジャイナ教寺院である。マラバール・ヒルにあるバブ―アミチャンド・パナラル・ジャイン・テンプルは、ジャイナ教徒のコミュニティーが発達したムンバイでも特に有名なジャイナ教寺院である。前夜、シェーカルさんに、どこに行きたいか尋ねられてリクエストした。

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*ジャイン・テンプルの境内

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*ジャイナ教の聖者たちに祈りを捧げる人々


昼食は、コラバ地区の「フード・イン」で、名物のタンドリチキンをおいしくいただいた。


午後はウメーシュさんの案内で、ヴィクトリア・ガーデンにあるドクター・バウダージ・ラッド博物館を見学した。この博物館は旧名をヴィクトリア・アンド・アルバート博物館といい、19世紀後半にロンドンの同名の博物館を模して造られた。一時期荒れ果てていたのを細部まで忠実に復元したもので、建物自体が文化財だ。展示も伝統的なスタイルが守られているようで、大英博物館の「啓蒙ギャラリー」を想起させる。ムンバイを訪れた人には是非足を運ぶことを勧めたい。

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*マラバール・ヒルのハンギング・ガーデン奥にあるダフマ、所謂「沈黙の塔」の模型。パールシー(ゾロアスター教徒)の葬儀場だ。この博物館に行ったのは、この模型を見るため。明治のインド留学生たちも好奇の目を向けたはずのものである。


この日の締め括りは、エレファンタ島で開かれたフェスティバルへの参加。来賓席で出し物を楽しんだ。

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*男女二人のダンサーが・・・

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二度目のムンバイ

2018年02月01日

2月1日(木)

ムンバイは暑くもなく寒くもない、ちょうどいい気候だった。

1月26日の午後9時半頃に空港に着き、シェーカルさんを始めとするMTDCの人々の出迎えを受ける。前回同様、和歌山県の使節団に交じっての訪印であるため、MTDCと和歌山県のスタッフの強力な支援を受けることができて、何の心配も要らなかった。

夜遅いということで、この日は空港に近いマハーラーシュトラ州政府の宿泊所に泊めてもらう。これも州政府の特別な配慮である。 私の部屋は二間にシャワー・トイレ付きで、文句のないものだった。

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*翌朝の食卓。宿泊所は幹線道路に面しているため一晩中車の行き交う音がしたが、ほとんど気にならなかった。


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