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お食い初め

2019年02月13日

2月15日(金)

高野山大学のFacebookにインド研修旅行報告が掲載されたので、興味のある人は見てもらいたい。


先週の土曜日、初孫の百日祝いがあり、「お食い初め」の映像が送られてきた。やったことがなく、おそらくはやってもらったこともないので、新鮮だった。長女は、「赤ちゃんお祝い行事」をすべてクリヤーするつもりのようだ。1歳の誕生日には餅を背負わせたいと言っている。私も楽しみだ。










ある大学教員の日常茶飯 | トラックバック(0)

エローラから帰国へ

2019年02月12日

1月14日(月)

朝、ホテルをチェックアウトして荷物をバスに積み、エローラ石窟群の見学に出かけた。今日のガイドは地元のMさんである。エローラはアウランガーバードの近郊にあって、バスでも40分ほどで行ける。ここもアジャンターと同じで、かいつまめば2時間だが、念入りに見てゆけば2日あっても足らない。仏教窟を二つとカイラーサナータ寺院を見たあと、史跡公園を出て、近くのレストランで昼食をとれば、あとは帰国モードである。アウランガーバード空港でSさんたちの見送りを受け、機上の人となる。

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*仏教窟でブッダを礼拝する人々


デリー空港の出国検査場で、私のビザに対する係官の誤解から別室に連れて行かれそうになったが、まもなく誤解が解けて通関。まあ、たまにはこんなこともあるのである。


出発まではまだ時間があった。免税店で土産を物色する。パシュミナがいっぱい置いてあるが、どれも相当高い。もとより買う気はない。以前、日本でパシュミナが流行っていた頃、買って帰ったこともあるが、そういうものはいつのまにかどこかに行ってしまい、今も残っているのは、イスタンブルのイスティクラール通りで買ったスカーフと、リビングのテーブルの下に敷いているカシミール製の小さなカーペットぐらいだ。このカーペットは確かコルカタのチョーリンギー通りのお店のショーウィンドーに飾られていたのを一目で気に入って買ったものである。


結局、テーブルランナーとクッションカバーを買って、ゲートに向かった。


解散式を行ったのは関空のバッゲージクレームエリアである。K参事のご挨拶の後、御世話になったみなさんに謝辞を述べた。

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アジャンターの壁画を模写した日本画家

2019年02月11日
2月10日(日)
小雪のちらつく寒い日、京都の龍谷ミュージアムに「仏教美術のいきものがたり」を見に行った。目当ては、特別陳列の野生司香雪(のうすこうせつ)の「釈尊絵伝」7幀である。野生司は大正6,7年に荒井寛方といっしょにアジャンター石窟で壁画を模写した。
今から100年も前の話であるから、その苦労は並大抵ではなかっただろう。だいいち、ボンベイから現場まで何日かかっただろうか。そんなことがしきりに思われるのも、この地方に多少土地勘ができたからである。

彼らが作成した模写は、惜しいことに、関東大震災で焼失したらしい。

野生司はのちにアナガーリカ・ダルマパーラの依頼で、サールナートのムーラガンダクティーヴィハーラの内壁に釈尊一代記の大壁画を描いた。今回展示されている絵伝は、沼田惠範の依頼で昭和32年から34年にかけて描かれたものであるが、ムーラガンダクティーの壁画と構図が似通っていて、壁画の下絵に基づいて作成されたものかと想像された。その辺りの説明はなかったが、とても気になっている。
ミュージアムに着いて真っ先にしたことは、併設の喫茶店で熱いココアを飲むことだった。これでコンディションを整えてから入館した。帰りは、例によって京都駅の構内で蕎麦を食べて帰途についた。
また課題が増えたが、これは楽しい方の課題である。
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アジャンターとインド舞踊

2019年02月08日

1月13日(日)

アジャンターへの道は、道路の舗装・拡張工事のため道がかえって悪くなっており、こちらがバスであることもあって、前回よりもはるかに時間がかかった。


ビューポイントからの眺めは圧巻だった。

そのあと、谷間に下りて、まずMTDCのゲストハウスで昼食をとり、そのあとアジャンターに向かった。型通りの案内を受けたといえば、その通りであったが、今回私は学生諸君のサービス係を自任しているので、ここでもその役に徹した。これ以上のことを望むならば、アジャンターだけでも2泊3日は必要だ。これはまた別の企画で。

夕食時には、MTDCのSさんの配慮で、レモンツリー・ホテルの中庭で地元の舞踊団の踊りを鑑賞することができた。Sさんはアウランガーバードの出身で、随分顔が利くようである。途中からは、K参事を筆頭にみんなが加わって、いっしょに踊った。こういうのも滅多にない経験である。

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*真ん中はガネーシャ神。神様もそのうちに踊るのかなと思って見ていたが、最後までいすの上に立っていただけだった。



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ムンバイからアウランガーバードへ

2019年02月05日

1月12日(土)

午前中博物館を見学してから、私たちは空港に向かい、午後の便でアウランガーバード(オーランガバードとも表記される)に飛んだ。ムンバイから東に約350キロメートル離れたデカン高原の町である。アウランガーバードの名は、デカン総督時代にここを拠点とした、のちのムガール第6代皇帝アウラングゼーブに因んでいる。人口は100万を超えているが、ムンバイやプネーに比べれば地方色が強い。

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*ムンバイ空港で見たおもしろい標語。和魂洋才を想い出させるが、さて何と訳すべきか。


私たちは空港から専用バスでマラサワダ大学に向かった。本部の建物に招じ入れられ、副学長や副学長代理に再会。しばしの懇談の後、部屋を替えてMOUの調印式に望んだ。高野山大学がこの大学とLOIを結んで3年半前。今回のMOUはそれを一歩進めるものであるが、うちとして無理なくやれることからやってゆくというスタンスには変化がない。ただ現実に6人の学生・院生が訪問したという事実は評価してもらいたいものである。

贈り物の交換で調印式が終わり、場所をホテルのレストランに替えて、マラサワダ大学主宰の歓迎晩餐会が開かれた。ありがたいことである。学生たちも私もいささか疲れ気味ではあったが、みんな最後まで参加し、その後、今日の宿、ホテル・レモンツリーにチェックインした。やれやれ、これで肩の荷が下りた。


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