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パスポート

2017年11月20日

11月20日(月)

土曜日、高野山学で「高野山ゆかりの人々 ゴルドン夫人」と題して講演。

日曜日、東大阪石切のS寺へ密教図像学会の監査に赴く。うちからは30キロほどで、私のスマホのナビは1時間と教えてくれたが、道が混んで、着いたのは約束の2時ぎりぎりだった。


今日の午前中、堺市役所のパスポートサービスに行って、パスポートの更新手続きをした。10年物のパスポートが来年4月初めに切れる。この間、上海に行く前に確認したら、無効になるまで半年を僅かに割っていた。ネットで調べると、中国の場合、「半年以上有効期間が残っていることが望ましい」とある。「望ましい」は「must」じゃないだろうと思ってそのまま出かけ、何の問題も起こらなかった。

しかし、旅券残存有効期間を査証申請時で半年以上としている国は結構多い。インドも一応そのようだ。来年1月末にまたマハーラーシュトラ州に行く話が持ち上がっているので、更新しておくに越したことはない。


手続きを終えて、久しぶりに21階の展望台に上り、珈琲を飲みながら、もはや第二の故郷ともいうべきこの町を上から眺めて、しばらく感慨に耽った。

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もうあなたたちの時代じゃない

2017年11月19日

「もうあななたちの時代じゃない」

「いいよ!じゃ、あとは任せたよ(^∇^)ノ」

学者は定年退職後もできるからいいよね!

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リュウ先生来訪

2017年11月18日

11月18日(土)

昨日、1時間目にチャオさんと一緒に梵語を読み、2時間目に仏教図像を講じ終わって、昼飯に行こうとしていたら、乾学長がやってきて、「リュウさんが来ました」

「リュウさんって、どこのリュウさんですか」

「敦煌のリュウさんですよ」

「おや」

早速学長室で面会。リュウ先生とは紹興の国際学会以来である。話はうちの中国人留学生たちにおよんで、「この時間、彼らは食堂にいるはずだから、われわれも行って食事をしましょう」となった。案の定、彼らは食堂でひとつのテーブルを囲んでいた。手を叩きながら、「はいはいはい、敦煌のリュウ先生のご来訪ですよ」

リュウ先生との関係は、私たちが長い時間をかけて育ててきた絆のひとつだ。それは、彼らにとっても悪かろうはずのないものである。食後、学長がリュウ先生と随行のワンさんを案内した。私は研究所の研究会に顔を出したあと、伽藍で合流。ジョ君にも手伝って貰って、二人を奥之院に案内した。そのあと私の車で橋本駅まで送った。

共同調査の話で大いに盛り上がり、来年度の研究課題がひとつできた。


*南海高野線は、高野下と極楽橋の間が土砂崩れのため不通になっており、いまだに復旧の目処が立たない。そのため橋本駅と高野山駅の間でバスが運行されているが、電車の倍以上の時間がかかっている。




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高貴寺再訪

2017年11月14日

11月14日(火)

埼玉のKさんが堺に来たので、昨日、慧海関連の場所を中心に堺を案内したあと、1年ぶりに高貴寺まで同行した。よく晴れて気持ちのいい1日だった。

高貴寺に着いたのは午後。挨拶のあと、すぐに「字を書きましょう」となった。私は心身共に消耗していたので、大筆を振るう気力はない。断ろうと思ったが、墨すりから始める住職のペースについつい巻き込まれて筆を取った(墨をするなど何十年ぶりだろう?)。案の定、最初の棒一本は途中で息切れした。位地取りが悪かったせいだが、これが今の自分の姿だと納得した。二枚目は観音の六字真言を、三枚目は空性の語をそれぞれチベット文字で書いた。少し気が晴れた。


「奥之院を見にゆきましょう。空性があるかもしれない」

高貴寺の裏山は、秋の台風による土砂崩れで無残な有様だった。巨木が折り重なって倒れて根をさらしており、土砂が下の池近くまで押し寄せている。住職は、「木が倒れて見通しがよくなりました。高野山も見えるかもしれない」と平然としたものであったが、復旧にはたいそうな時間と費用がかかりそうだった。


それでも奥之院は健在だった。御影堂を拝してから、廊下続きの方丈を見せてもらう。

「慈雲尊者が住んでいた部屋です。できれば私もここに住みたい」

私は、まだ若手の部類に入るこの人が、冬場は極寒となるであろうこの部屋で質素を通り越した何もない生活をしている様を想像した。それは悪くない光景だった。江戸の巨人的学僧、慈雲尊者飲光(じうんそんじゃ・おんこう)に対する憧れは私の中にもある。来年は尊者生誕300年だ。


「今度は学生を連れてきますよ」

Kさんを堺東駅まで送って帰途に就いた。








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科研

2017年11月09日

11月11日(土)

水曜日が科研費申請の締め切り日で、申請書類を出すのにぎりぎりまで悪戦苦闘した。科研費は税金で賄われるものだから、たいへんなのは当然と思わなければならない。当たればよし、当たらなくても、申請書を書くのは、自らの研究姿勢を正すのには効果的だ。書類を書いているうちに、通りたいという思いが強くなる。また本当に通るような気もしてくる。だが、結果は来年4月にならなければ分からない。


昨日、夕方から5人で山を下り、9月に密教文化研究所の研究員になったチャンさんの遅ればせの歓迎会を橋本の「ニューデリー」で開いた。他の3人も留学生である。彼らは御山にいる時間が長いから、こうした気分転換も必要なのだ。チャンさんは上海の名門復旦大学から1年の予定で高野山に来た人で、梵語の陀羅尼経典を研究している。今週から彼女のために授業をひとつ始めた。





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