12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

とんど焼きの日

2017年01月15日

蜀咏悄_convert_20170115110815

*お正月の名残


1月15日(日)

空は晴れているが、風がとても冷たい。ここ大阪府南部では一冬に何度もないような寒さだ。

10時、例年通り、正月飾りを多治速比売神社に持っていって、焚き上げてもらう。


昨日は、これも恒例の1日人間ドックの日であった。前にも書いたが、ここに来るとなぜか血圧が高くなる。その他は1年あまり前と変わらない数値が出て、まずは一安心であった。ある程度長く生きるのが、子どもに対する親の義務でもあるかと思う。今年は節制に努めるつもりだ。


12時に入って終わったのは4時すぎ。それまで、朝9時ごろから水も飲めなかった。いつも通り、もらった食事券で「栄養」をつけて帰宅した。





ある大学教員の日常茶飯 | トラックバック(0)

景教碑

2017年01月11日

一昨年の9月にイスタンブルに行った折、ボスポラス海峡を船で渡って、アジア側のカドゥキョイ地区に案内され、レストランの中庭の葡萄棚の下で会食したことがある。カドゥキョイは古名をカルケドンといい、451年にカルケドン公会議が開かれた場所である。この会議でイエス・キリストの単性説が否定されるとともに、その20年前、同じアナトリア(小アジア)のエフェソスで開かれた公会議で下された、コンスタンティノープル大主教ネストリウスの教説に対する異端認定が確認された。かくしてネストリウス派は東方への布教に活路を求め、7世紀前半には唐の都長安に達した。この教派の中国における名称は景教である。


二つの公会議から1500年以上の歳月が流れた。


1911年9月、高野山奥之院に「大秦景教流行中国碑」のレプリカが建てられた。それはイギリスのゴルドン夫人(E. A. Gordon)の寄贈になるもので、夫人は、弘法大師は長安の大秦寺(キリスト教会)境内でこの碑を見たに違いないとの思いから、これを高野山に建立したのであった。夫人には、景教が古代日本に伝来したとの確信もあった。


原碑は、17世紀初めに関中で発掘され、西安郊外の金勝寺境内に置かれていたものが、碑林(博物館)に移されて今日に至る。碑文を撰したのは大秦寺のペルシア僧アダム、中国名景浄である。この景浄が、長安における弘法大師の先生の一人であるインド人般若三蔵といっしょに『六波羅蜜経』を翻訳しようとして失敗した景浄と同一人物であるというのだから、話はややこしい、否おもしろい。






研究ノート | トラックバック(0)

冷たい雨の一日

2017年01月09日

1月9日(月)

1日中冷たい雨。

今頃になって、実は男でした、ではさすがに困るのだろうが、原則として史実には忠実であってもらいたい。もっとも、今回の場合、史実そのものがよく分からないというのだから、どうしようもない。


近頃は我ながらお手軽なものに飼い慣らされていると感じる。スコッセシの「沈黙」でも見て修正しようか。


高野山は寒い。おまけに、曼荼羅荘の部屋では、安全のためにストーブを焚かないことにしている。それでも、雪山でテント泊していると思えば、結構よく眠れる。



ある大学教員の日常茶飯

十二支考輪読「鶏に関する民俗と伝説」

2017年01月08日

1月6日(金)

南方熊楠顕彰会学術部会議に出席するために田辺に行く。4時半に高野山を出て、着いたのは7時前。平成28年度、29年度の事業などが検討された。終わって恒例の夕食会。場所は「あじみ」で、先発隊と合流した。

これまで何回も書いてきた通り、田辺は魚がうまい。したがって、酒もうまい。しかし、今年の私は決意も固く、「酒は飲まないことにしました。」

10時半過ぎにお開きになり、アルティエにチェックインした。いつものように飲んでいれば、そのまま

バタンキューだが、しらふだったから、風呂に入ったり、論文を読んだりすることができた。


1月7日(土)

温かくいい天気である。10時前に顕彰館に行き、熊楠の蔵書を何冊か閲覧した。その後、Tさん、Gさんと蓬莱ずしで太刀魚丼で腹ごしらえして、2時から十二支考輪読「鶏に関する民俗と伝説」に出席した。

辰に始まったこの行事が、もう酉になった。

終わって、資料を片付けたりしているうちに、もう夕方である。あまり暗くならないうちに帰路に就いた。


1月8日(日)

一転して雨の一日である。多少疲れが出たようで、起きたのは10時すぎだった。後に届いた年賀状に何枚かお返しを書き、出しに行ったついでに紀伊國屋書店に寄って本をながめた。それから帰宅して早い夕食を取った後、御山に戻った。







 


ある大学教員の日常茶飯 | コメント(0) | トラックバック(0)

デリーの学会

2017年01月05日

1月5日(木)

デリー大のRさんに発表要旨と履歴データを送った。3月にデリーで日印関係をテーマにした国際学会が開かれる。そのことをYさんからの電子回覧板で締め切り間近になってから知り、Rさんに問い合わせたら、「来てくれ」となった。タイトルを出した後になってT先生からもお誘いの連絡が入った。やはり持つべきものは知り合いである。


久しぶりにデリーの各所を回るのも悪くない。


その前に出さなければならない原稿が3つほどあり、これは1月中だ。2月は2月で公私ともに忙しい。


高野山は寒いが、天気がよくて気持ちがいい。昨日辺りから体調がよくなり、仕事が捗っている。

ある大学教員の日常茶飯 | トラックバック(0)
 | HOME | Next »