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真田ネタもこれが最後

2016年12月07日
真田ネタも大概にしようと思っていたが、家康の影武者が出た、と聞いたので、もう一回だけ。

隆慶一郎の『影武者徳川家康』では、茶臼山に陣取った真田隊が突撃を開始した時、家康の本陣で、影武者家康と本多正信との間にある会話が交わされる。手元に本がないので、まったくのうろ覚えで、だいたいのことを記すと、

世良田二郎三郎(影武者)「真田なら討たれてやってもよいな」
本多正信「やめてくれ、徳川の恥になる」
二郎三郎「もともとこの戦は恥に満ちている・・・おお、見事な突撃じゃないか」

私はこれを幸村への鎮魂歌として読んだ。

『影武者徳川家康』は、今年の正月に西田敏行主演のドラマが放送されているから、ご覧になった方もおられるだろう。実は家康は、関ケ原の戦いの前夜に、三成の家臣島左近が放った刺客によって暗殺され、その代役を影武者の二郎三郎が務めることになる。こう書くと、信長を暗殺したのは秀吉だとか、信長は本能寺の抜け穴を通って逃げ延びたとか、そういう類の話と大差ないように感じられるが、この小説はここからがすごい。二郎三郎は、その後、1616年に死ぬまで、実に15年以上にわたって大御所家康として君臨し続けるからである。というのも彼は、残忍酷薄な二代目徳川秀忠とその配下の柳生忍軍と戦わなければならなかった。ざっとこんな筋のエンターテイメントである。それにしても、「家康といえば影武者」の大元はどこにあるのだろう。
ある大学教員の日常茶飯

天狗の団扇

2016年12月01日
近頃は、朝が寒いため、つい二度寝して、そのたびに妙な夢をみる。

旭を拝みに行った帰りに北門から構内に入ろうとすると、ぴかぴかしたものが天から目の前に降りてきた。身の丈10㍍はあろうかという烏天狗である。その天狗が私に団扇をくれた。それは八つ手の葉そのもので、柄の部分がすぐに折れてしまうようなもろいものだが、これで背中を煽がれると、その人に無駄に過ごした時間が戻ってくる。これで私は二人ほど煽いでやってとても感謝されたが、実に惜しいことに、自分を煽ぐ前に目が醒めてしまった。
ある大学教員の日常茶飯

夏の陣

2016年11月30日
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*堺市博物館にある芝辻大砲の模型。実物は靖国神社にある。家康の注文で、1611年に堺の芝辻理右衛門が製作した。冬の陣で大坂城の砲撃に使われたものかもしれない。

 「真田丸」もいよいよクライマックスのようだ。最近は視たり視なかったりだが、この物語をどう閉じるかには興味がある。

私が注目しているのは、伊達政宗の動きである。乃至政彦の『戦国の陣形』(講談社現代新書)によれば、大坂夏の陣における伊達勢は5400人余りで、そのうちの何と64%が鉄砲を装備していた。道明寺の合戦で後藤又兵衛を討ち取ったのも伊達軍の銃撃である。ところが、政宗は、「弾切れ」との理由で、退却する真田隊を追撃しなかった。そのことが結果的には、翌日の真田隊・毛利隊による徳川本陣への突撃という、家康にとってはまさかの事態につながる。

解釈はいろいろと可能であろう。ただし、それと真田信繁が息子とむすめを政宗の重臣片倉小十郎(重長)に託したという話をつなげて考えると、ちょっとおもしろい構図が描けるかもしれない。




ある大学教員の日常茶飯

留学生二題

2016年11月24日
雨に濡れそぼった銀杏の黄色い葉が、大学構内のアスファルトの上に散っている。
それを見てウセルさん、「これはゴミじゃないですね」
上手い言い方ができないだけで、何を言いたいかはよく分かった。こういう感性がチベット人にもあるということを改めて確認する思いだった。

チョウさんに「柘榴坂の仇討ち」を貸して上げたら、気に入った台詞を手帳に書いてきた。

「姿形は変わろうと、捨ててはならぬものがある。それも文明ではござらぬか」

これには感心した。実は私もこの台詞に注目していたからである。この台詞は、手懸かりを求めて新聞社を訪ねた主人公が、古いことにばかりこだわっていては文明国として立ちゆかない、と意見された時に発した言葉である。
明治5、6年に羽織袴、ちょんまげ、二本差しで歩いていれば、立派に旧時代の代表者である。観ている者は、それまでにこの人の境遇にすっかり同情していることもあって、この反論に溜飲を下げるのである。「文明とは、人間に義務の道のありかをさし示す行為の様式である」というマハートマ・ガンディーの言葉が想起される。

これを選んだところに、チョウさんの感覚のよさがあらわれている。

なお、復讐禁止令は彼にとって仇討ちを思い止まる理由にはならない。主君の仇を討つことは、彼が遵奉する文明においては大義そのものだからである。ではその結末はどうなるか。これは実際に見てもらうしかない。


ある大学教員の日常茶飯

柘榴坂の仇討ち

2016年11月22日
11月20日(日)
かねて見たいと思っていた「柘榴坂の仇討ち」をDVDを借りて見た。物語は、桜田門外の変で主君井伊直弼を暗殺から守れなかった元彦根藩士(中井貴一)が、13年間仇を探し回り、明治6年冬のある雪の夜―それは奇しくも太政官から復讐(仇討ち)禁止令が布告された日であったー、東京品川の柘榴坂でついに刺客の最後の生き残り(阿部寛)と対決する、というものである。

主演の中井貴一は、背筋がすっと伸びていて、立ち姿がいい。「壬生義士伝」でもそうだったが、士道を貫こうとする侍の役がぴったりだ。

この映画、ちょっと理解に苦しむ点(何でミサンガが・・・など)もあるが、井伊直弼役が吉右衛門さんなのもファンには嬉しく、なかなかだと思う。桜田門外の変で血糊をほとんど使わなかったのも評価できる。最近はCGを使って派手に血飛沫を飛ばすものが多く、私は大概にしてもらいたいと思っている。映画の迫力は役者が演技で出すものだ。

ところで、先の復讐禁止令は前年、高野山中で起こった仇討ち事件を切っ掛けに出されたものという。この事件が一説では日本最後の仇討ちとされているが、吉村昭は、明治13年に起こった事件を最後の仇討ちとしているらしい。これはひとつ確かめてみなければ。



ある大学教員の日常茶飯
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